南の果て、野菜不足と戦う毎日。 羊のバーベキューに舌鼓を打ちながらも ふとした拍子に思い出すケンタッキーフライドチキンの味…。ああ、望郷。
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おまけ(ペルーの思い出)
パタゴニアを離れて3日ほどして、まだ毛穴も開ききらない内に
なぜかチリの北隣、ペルーのリマ(首都)というところにお出掛け♪

実はカーネルさんはこの3年間パタゴニア専門だったので、お隣りの国なのに、ペルーって行った事が無かったんです。従いまして初めてのペルー日記!(1回きりだけど)

3日前まで4℃のパタゴニアから、いきなり27℃、湿度92%の
ペルー、リマへ。深夜に空港に降り立った瞬間に帰りたくなりました。
今回はリマの病院にご入院中の日本人の患者様のお世話に伺ったのですが、逆にこっちが入院してしまいそう・・・。

滞在中はホテルと病院の往復のみ。
まあ、古い石の建物(遺跡とも言う)にゃ興味ないし、インカ文明
よりもインカコーラの方が嬉しいカーネルさんは、別に観光したいとも
思いません。

患者さんが入院してる病院は大きな病院なのですが、クーラーも
扇風機も無い殺風景な個室・・・。当然食事は不味いし、居心地も
よくないのです。

患者さんはわりとお元気で、早く退院したがっていましたが、ドクター
はなかなか許可してくれず、毎日何度も点滴の交換や体温、血圧などの
チェックに来ます。

カーネルは病室に詰めていても大した仕事も無いのでヒマヒマ。
やってきた長身の女医さんに患者さんのついでに血圧を計ってもらいましたら、患者さんよりはるかに悪い結果・・・。患者さんにも
「大丈夫ですか?無理しないでくださいね。」
と心配されるに及んで、情けないやら悲しいやら・・・。


仕事とは言え折角ペルーまで来ているのだから、セビーチェ(魚介のマリネ)やら美味しいお肉やら、チリではあんまり食べられない美味しいペルー料理に舌鼓を打ちたいと思っていたのですが、あったのです!
それをジャマするものが。病院とホテルとの間に・・・。

その名は、「ケンタッキー」。
もちろんチリのサンチアゴにも在るのですが、チリのはコロモの分厚い
クリスピーのタイプ。でもペルーは、日本と同じ味付けのオリジナルタイプ。4年の間待ち焦がれていた懐かしの味!!
この瞬間に、セビーチェも肉料理も頭から消えうせてしまいました。

とは言え、最初から無理はしません。蒸し暑い中あまり食欲も無かったので、まずはゆっくりと6ピースお持ち帰り。
なぜかカーネルはこの時、無謀な決心をしたのです。

「これから毎日夕ご飯はケンタッキーにしよう!しかも、1日1ピース ずつ量を増やしていこう。急激な摂取は身体に悪いから・・・。」

当初は3日、長くても4日の滞在予定でしたので、最終日でも9ピース。過去に12ピースまでは1食で食べ切った実績があるので、まず
大丈夫!と自信がありました。

1日経ち2日経ち・・・順調です。
3日経ち4日経ち・・・通算30ピース。(まだまだ行ける!)
5日経ち6日経ち・・・通算51ピース。(さすがに少し飽きてきた)

いつ終わるんだぁ?って感じです・・・。

7日経ち8日経ち・・・通算76ピース。1日13ピース!
カーネルにとっても未知の世界に突入です。

そして・・・・翌日は1日何も食べられませんでした。
ケンタッキーでおなか壊すなんて、30数年の人生で初めてのこと
でした。既に退院してホテルで帰国便を待っていらっしゃる
患者さんを、お昼、夜とお食事にお連れしますが、カーネルは

「ダイエットしてますので・・・」

とお酒のみ。ダイエットしてるくせに日に日に膨らんでいました。

結局ペルーには10日間。
覚えているのは、ホテルの天井と病院の白壁、患者さんの顔と
フライドチキン、それが全てです。

んでもカーネルは、ペルーを知らない人に質問されたら自信たっぷりに
こう言うのです。

「ペルーは石がゴロゴロしてて(遺跡とも言う)、交通マナーが悪くて
 よく霧が出て、鶏肉が美味しくて、病院はサービスが悪い。」

これが、カーネルの知ってるペルーの全てですもん・・・。


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思い出は心の葉脈とともに・・・。
これが、今期のなれそめ日記、最後の発信になります。
まだまだ、書き残したこともいっぱいあるような気がしますが
それは、いずれまた別の機会に。

今回は4ヶ月弱ほど当地、プエルトナタレスに駐在しました。
悲喜交々、色々なことが起こって、飽きもせず楽しむことが
出来ました。昨シーズンから通算でパイネへ行った回数は
19回。その1回1回がとても楽しくて、忘れがたいものが
あります。おそらく日本人で19回パイネに行った人は他に
いないんじゃないですかね?日本記録です!たぶん。
ペリトモレノ氷河にも、8回も行かせて頂きました。

フライドチキンが食べられないのが玉にキズですが、パタゴニア
は本当に良いところです。年中寒くて、でも人は温かくて、
懐かしい匂いがして、山がきれいで・・・。
赴任前に同僚に「半年間のバケーションへ行ってきます」
と言って出て来たカーネルは、その通り、趣味半分、仕事半分
の生活を送らせて貰いました。
これも一重に、遠くからいらして頂いた日本人のお客様方、
そして当地ナタレスの悪友たちのお陰であると、感謝しております。

先日、パイネへお別れに行ってきました。
既に山側は吹雪いておりましたが、なんとも美しい、何度見ても
美しい山たちです。まさに「神の造形」と呼ぶにふさわしい連山
を見ながら一句、

「会う時は 語りつくせと思えども 別れとなれば 残ることの葉」
(盗作!出典は忠臣蔵、小野寺十内の手紙)

それでは、色々な思いを残しながら、ひとまず、

「これにて御免!」

カーネル・3ダース
昨日見た夢
世の中で、他人が見た夢の話を聞かされるのと
纏まりの無い我が子の成長のビデオを見させられる
事ほど苦痛なものは無いと分かってるんですが・・・
今日は、カーネルが昨日見た夢の話、です。
まっ、日記だから許してくださいませ。

ーーーーーーーーーーーーー
なんの脈絡もなく、カーネルは山を登ってます。
その山、どこかで見たこともあるような、パイネのような
気もするけど、富士山のような気もするし、映画で
見たヨーロッパの山のような気もします。
早い話がどこの山かよく分からないけど、とにかく登って
るんです、1人で。

きつ~い登りの中腹で、なぜかカーネルは日本酒の
ワンカップ大関を飲みながら一休みします。
(普段のカーネルは、こんなこと絶対しませんよ!)

すると、下の方から足どり軽やかに1人の少年が登ってきて
カーネルを見て立ち止まると、
「お兄さん、そんなんじゃダメだよ。間に合わないよ。」
(念のため、ホントにお兄さんって言いました、おじさん、じゃなく!)

それだけ言うと、その少年はカーネルを軽蔑した目で見て
スタスタと再び登り始めました。これが速い速い!
「この、クソガキ!」
と、叫んだカーネルは、その小生意気な少年を追いかけます、が、
とても付いていけません。

ぜーぜー言いながら、やっとその坂を登り切り、尾根に辿り着いた
ところで、カーネルはまた一休み。今度はフライドチキンとビールで
お昼ごはんです。

すると、またまた1人の登山客が下から追いついて来ました。
よく見ると、さっきと同じ少年(クソガキ)です。
あれっ?先に行ったのに?と思っていると、少年がまた、
「やる気あるの?」
とか言って、またまたスタスタとカーネルを追い越していきます。
今度こそ追いついてやる!とカーネルはその少年を追いかけます。
今度は頑張ったんですが、それでも距離は徐々に広がって、やがて
見えなくなってしまいました。

仕方なく再びトボトボとカーネルが歩いていると、沢に近いところで
なぜか山小屋ならぬ、健康ランドが出現!
疲れたから、今日はここにとまって、明日また頑張ろう!ってことで
中に入ると、女将さんはなぜか、カーネルのおかんの顔!
「なんじゃ、こりゃ?なんでおかんがここに?」
すると、おかん一言、「履歴書だしな!」
なぜか素直に履歴書出すカーネル。(持ってるのが不思議・・・)

おかん「ダメだね、こりゃ。野宿しな。」と冷たい・・・。
そこで、先ほどの少年再登場!
「お母さん、かわいそうだから泊めてやったら?」

カーネル
「おぉ~!見掛けによらず優しい少年!見直したぞ!」
「んっ?お母さん???」

おかん
「でもね、○○○(カーネルの本名)。この人はまだ休んじゃ
 いけないんだよ。○○○と違って全然頑張ってないから」

カーネル
「おぉ~!オレ、頑張ってないか!?」

少年
「でも、この人、僕に追いつこうとして頑張ってたよ。」
(いい坊やじゃないか!)

おかん
「○○○に追いつけるはずなんて無いのにね。
 さっ、○○○は、もう休みなさい。」

カーネル
「おっ、オレは?」

おかん
「あんたは野宿。」

ーーーーーーーーーーーーーー
って言われて、テントを投げて渡されたところで、朝でした。

う~ん、誰か夢判断できる人いませんかぁ~?
    
6本足の子羊
「そろそろコルデロも終わりねぇ」
パタゴニアの夏の終わりを惜しむ挨拶です。

付近の山々が雪化粧を始め、風が冷たくなって
来ると、春先(9月~10月)に産まれた子羊たちは
身体つきの立派なものは、もうほとんど親羊と見分けが
つかなくなります。

こうなると、もう子羊=ラムとしての価値はなくなります。
肉質は硬くなり、羊独特の匂いが出てきてしまうからです。
つまり・・・マトンに変わるわけです。

子羊にとっては、コルデロとしてアブリ焼きにならずに済んだ
喜ぶべき夏の終わり、なわけです。
彼らはこの後、長い冬を過ごすために山麓にある夏牧場から
低地にある冬牧場に移り、そこで毛狩りをされた後、繁殖
の準備を始めます。

この段階で、牧場にいる羊の9割はメスになります。
弱いオスは、この冬に入る前に淘汰されます。
つまり・・・サラミやハムの原料になるわけです・・・。
(身に詰まされる・・・。生まれ変わっても羊にはなりたくない!)

その後、選抜された優秀なオスは、あの手この手で子種を採取
され、メスに種付けされます。(どうやるのかは知りません)
そして、翌年また、元気な美味しい子羊を私たちの食卓に
お届けするわけです。

ただ、自然界はそうした人間のエゴを無制限に容認はしないわけで、
こうして生まれた子孫は、徐々に徐々に血が濃くなっていきます。
要は、近親での交配が進むために、羊でもやはり、突然変異と言うか
奇形を持った個体が誕生するわけです。

多くの場合、それらは我々の目にとまることなく処分されていくのですが、
今回当地で見つかったのは、なんと、
「足が6本ある羊」
でした。新聞に写真が載っていますが、確かに6本あります。
どれもちゃんと足の形をしてます。

持ち主の牧場主さんが、今シーズン最後のコルデロとして出荷しようと
して見つけたそうです。結果、出荷はされず、調査のため研究施設へ
送られることになりました。

彼(彼女)にとっては、どちらがよかったのでしょうね?
生き延びたけど研究施設ですもんね。

今日は、人間が如何に悪魔的な生き物か、というお話でした。
日本人だけど。
ナタレスって、ほんとに小さい町です。
おまけに日本人で酔狂にも住んでいる人は他にいない
ようですので、イヤでも目立ちます。
カーネルにしてみれば、ある程度親しくならなければ
相手の顔なんて覚えてられないです。もともと人の顔
覚えるの得意じゃないし。
でも相手はしっかり覚えてることが多いようです。
東洋人なんて珍しいのもありますし、とにかくカーネルの場合
でかいですから、インパクトがあるみたいです。

でも、「よぉ!」とか「元気?」とか話しかけられて無視するのも
悪いですし、「だれ?あんた」っていうのも気まずいし・・・って
ことで、愛想笑い浮かべて挨拶を返すわけです。
どこかでお会いしているのだと信じて・・・。

本日、お昼ご飯に出掛けた後で、珍しく快晴でポカポカ陽気で
したので、おなかも一杯だし、ちょっとばかり海岸通りのベンチで
お昼寝でも・・・・なんて思いまして、寄り道寄り道♪
近くではちっちゃいジャリを連れた奥様方が、ジャリを滑り台で
遊ばせておりました。
「あ~なんて平和な午後のひととき・・・」

そうしますと、滑り台の方から1人の小柄な若奥様がカーネルの
寝そべっているベンチの方へやって来まして、

「こんにちわ。お昼寝ですか?」

「あっ、うん・・・じゃなくて、はい。」

どこかでお会いしたのでしょうが、思い出せません。

「となり、座っても宜しいですか?」

と言われて、昼寝してるからダメ!と言えるほどカーネルは人でなしでも無ければ、聖人君子でもありません。(男だったら言ったかも・・)
彼女はひとしきり子供の事などをカーネルに聞かせた後、なんか
ひじょーに思わせぶりにモジモジと、

「あのぅ・・・お願いがあるんですけど・・・」

「・・・・・・・・・どうぞ。」
    ↓
この時のカーネルの心情を要約しますと・・・
(ダメだダメだ!なに考えてるんだ、おまえは!相手は若いけど子持ちだぞ!そんなことしたら街中の噂になるぞ!でもでも・・・どうしてもって言うなら一度くらいは・・・・。)

「実は・・・5歳の息子に空手を教えてくれないでしょうか?」

「なるほどなるほど・・・5歳の息子さんに空手を・・・空手??」

「あのぉ・・・私のこと御存知ですか?しがないサラリーマンでして、 そんな空手なんてとっても。やったことも無いんですよ。」

「でも、日本の方ですよね?」

「はぁ、まあ一応日本人やってますが・・・」

最近、ナタレスに唯一あった道場が無くなってしまったとかで、息子さんが悲しんでるらしいです。一緒にいた奥様の1人がカーネルをご存知だったようで、かの若奥様に「勇気を出して頼んでごらん」って言ったとか・・・。

う~ん。日本人がみんな空手できるわけじゃないんだよね・・・。
「すもう」じゃダメ? って感じです。 
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