南の果て、野菜不足と戦う毎日。 羊のバーベキューに舌鼓を打ちながらも ふとした拍子に思い出すケンタッキーフライドチキンの味…。ああ、望郷。
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それぞれの戻る場所
2月27日

今日は、ちょっとまじめな話をさせていただきます。
本日、ここの友人たちと『それぞれの戻る場所』に付いて
酒を酌み交わしながら話しました。

プエルトナタレスはご存知の通り、夏場の観光シーズンで生計を
立てている人が多いので、冬に向けてそれぞれの思いを胸に
ある者は都会の大学に、またある者は生まれ故郷に戻るという人が
多いんです。私の周りにも、そろそろ戻り支度を始める人が増えてきました。ここナタレスも、日に日に太陽の沈むのが早くなり、
未だ冬支度というわけではありませんが、段々と人の心がせわしくなって来ているのを感じます。

私は、というと・・・

そんな彼らを見送りながら、自分の『戻る場所』について考えさせられています。ここで言う『戻る場所』とは、具体的な次の生活の場所という意味ではありません。

ここにいる、私の友人たちはもちろんチリ人です。(アルゼンチン人もいますが)チリに家族がいて、チリに戻る場所があって、
これからもチリで生きていく人たちです。

一方、私は外国人です。私の戻る場所は『日本』であるはずです。
では、私にとって『日本』とは何なんでしょう?
チリ人の仲間のように胸を張って『おれは日本人!』というだけの
アイデンティティが私には無いような気がします。
私にとっての『日本』とは、故郷の山々であり海であり川であり
風土、それ以外のなんでもないんです。

『日本の政治体制が大好き!』とも言えませんし、『日本人で良かった!』という気持ちも(全く無いわけではありませんが)希薄です。そんな私の帰る場所、それはたぶん『ウスワイア』。

アルゼンチン領フエゴ島の町で、人口は5万人程度。南極クルーズの基地として、日本からも毎年多くの方が訪れますので、ご存知の方も多いと思います。カニが美味しくて、空気が冷たくて、人は
暖かくて・・・。冬は凍てつく氷に閉ざされる町ですが、今の私が
始まった場所でもあります。

あそこで見た夕日はとても綺麗でした。日本の夕日ではなくウスワイアのそれを懐かしく思い出すことに、自分でも可笑しいんですが、やっぱり、いつか今の私が終わる時が来たら、『あそこに戻りたいなぁ』って思ってます。

こういう気持ちって、みんな人それぞれに持ってますよね。
それが日本という人も多いでしょうし、また別の場所って人も
いるでしょう。大事なものですよね、それって。

今日はなんかガラにも無く、郷愁に浸ってみました。
自分の周りに、去っていく人が増え始めたため淋しがっているのでしょうか、私は・・・。



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あぁぁ!ドスン、バリバリ!
2月26日

私がここ、プエルトナタレスでオフィスを間借りしている事務所の同僚たちは、とても働き者です。朝は9:30から夜は23:00
過ぎまで働いている事が殆ど。夏場しかない労働シーズンを精一杯
働いて、冬には勉強に戻っていく学生さんが大半です。

そんな彼らと昨日金曜日、深夜サッカーをしました。
村の体育館で深夜12:00から。4人対4人というのは結構疲れるモンなんですね。簡単そうに思えて、既にスポーツなどという物から離れて10年にもなる私には、なかなか厳しかったです。

チリはサッカーでは、正直なところあんまり強くないんですが、
それでも殆どの男の子が子供の頃には何かの形でサッカーを経験してきてますので、中学の体育の授業が最後だった私とは違うわけです。フィジカルはみんな大して強くないけど、(体当たりとかなら
私は絶対誰にも負けない!!)動きが速くてリズムがあります。
そして、以前にもやってた人たちは、みんなそれぞれ何かサッカー中だけのニックネームを持ってます。日本語で言うと『鉄壁』とか
『点取り屋』『撃墜王』などなど・・・。
当然やるからには私も何かカッコいい名前がほし~い!と思いまして頑張りました。でも、身体がついていきません・・・。

それでも2点取って、これで私も『エース』か!と喜んでいたのも
束の間、なんと!私に付けられた名前は『デストロイヤー』??

ゴール後、勢い余って止まれずに、左肩から体育館の壁に激突。
そこはそれ、私の本領はラグビーですもん。ぶつかり方はお手のもの。ベニヤの板なんて紙切れ同然。
ドスン!バリバリッ!メリメリッ!・・・って感じです。
もちろん当方、全く怪我なし。100キロの肉の塊がまともにぶつかるんですから、当然といえば当然ですね。

本日、土曜日、朝からトンカチ片手に管理人のおっちゃんと2人で
楽しくベニヤの張替え♪

というわけで、私のコールサインは『デストロイヤー』♪

ヒッチハイク
2月25日

仕事でアルゼンチン、チリの国境の集落を訪れました。
何も無い吹きっさらしの国境事務所があり、隣に数件のドライブインがあるだけのようなところです。(奥には一応集落があるのですが)往路はプエルトナタレスから知人に運んでもらいましたが、彼が仕事に戻ってしまうと、そこはたまに国境越えの観光車両が通るだけのホントに心細い所です。おまけに昨日は風も強く(時速100km超)まさに西部劇の中に紛れ込んでしまったかのような感覚です。数台の観光車両の他には、パイネ国立公園の入り口にも当たるので、時々、今発生している山火事の消火に徴用されているトラクターやらブルトーザーが大きな音を響かせて通り過ぎるだけ。

そこで仕事を終えた後、夕方、さてプエルトナタレスまで戻ろうと
して、まずは集落までトコトコ歩いていきます。もちろんタクシーなんて走ってもいません。バスもありません。やっと見つけたのは
『馬レンタルします』の看板。でもカーネルは馬に乗れません。
乗れたとしてもカーネルは巨体なんです。馬が死んじゃいます。

しょうがないからドライブインに戻って、パイネ公園からの観光を終えた車に乗せてもらおうと1時間ほど待ちます。その間、通った車はマイクロバス2台。どちらもお客さんの貸しきり車両で乗せてもらえません。

ただ待っているだけじゃ何時になるか分からない!と覚悟を決めた私、ますます風が強くなる中、プエルトナタレスへの60kmの道を
トボトボ歩き始めました。もちろん、徒歩では明日の朝になっても
たどり着けないことは分かっています。どこかで乗っけてくれる
車に会うだろう、という超甘い観測のもと、逆風に逆らいながら
ゆっくり歩いていきます。

10分位すると、1台のミ二バンが私の後ろからやってきます。
立ち止まり合図をしますが・・・止まってくれません。
座席は空いてたのに・・・ケチ!
その後、2台ほど自家用車が私を追い越しましたが、どちらも
止まってはくれません。

再び歩き出すとすぐに、風は雨混じりになってきました。横殴りの雨です。30分くらい歩いて、前方右手の牧場の中に、民家が見えてきました。牧場なら猟銃くらいあるだろう!と考えた私の頭の中は既に正常ではありません・・・。

ちょっくら猟銃借りて、道路の真ん中に私の巨体で突っ立ってた ら、殆どの車を止める自信はありました。そのまま轢き殺される可能性も否定できませんでしたが・・・。

その『素敵な』考えに浸り、道路脇の岩に腰を下ろして俯いていた
私の前に、1台のトラックが止まりました。座席には2人のおじさん。『これも一杯か』と思ったら、運転してたおじさんが

『ナタレスか?荷台でよけりゃ乗んな。』

喜び勇んで荷台に駆け上がる私に、ちょっと匂うけど我慢しなと
言いながら、おっちゃんは雨しのぎにゴザみたいなのを投げてくれました。荷台の周囲にはちゃんと囲いもしてあって、屋根こそ無いものの、ちゃんと天井にも柵がついてます。

『人の情けが身に染みるぅ~』

およそ40分間、寒さに耐えてプエルトナタレスが見えてきました。分かれ道で車を止めたおっちゃんたち、

『ここからなら歩けるだろ?』

『もうホントに感謝の言葉もありません。あなたたちのおかげで
 人の道を踏む外さずに済みました・・・』

と感動している私に

『じゃ、おれたちゃこれから仕事だから』

『えっ?だってもう夜ですよ?』

『夜だろうとなんだろうと、今日中にこの先の牧場から牛4頭
 町まで運ばにゃなんねぇ』

『・・・・・・・・・・・・・・・・・そう・・・頑張ってね。』

牛?・・・運ぶ?・・・荷台?・・・柵?檻?・・・・・・・。

とにかくありがとね、おっちゃんたち。

ゲテモノ食い
2月23日

知り合いの経営するホテルでのお話です。
併設されているレストランでチリ人の若者4人がランチを召し上がっておいででした。若者らしく大声で騒ぎながら・・・。

別に聞き耳を立てていた訳ではないのですが、彼らの会話の内容を
聞いていると、どうやら『ゲテモノ喰い』の自慢をしあっているようです。

『オレ、このあいだグアナコ食べたんだけどさあ・・・』

『きゃ~!私なんかペンギンしか食べたことない・・・』

と、どちらも犯罪のような事を自慢しあっていたのです。

ここで、私も何か自慢したい!っていう衝動に駆られてしまった
私は、自分が彼らのような自慢できるようなゲテモノを食べたことがないことに気づいてしまったのです。

と、話しに入りたいのに入れないモジモジ君の私に、1人のお兄ちゃんが誘い水を向けてきました。

『あんたの国では、みんなそんな変なものは食べないんだろ?』

やっと話に入れるチャンスを与えて貰った私は、頭フル回転で
自分が食べたことのある『ゲテモノ』を探します。

『日本にはそんなに珍しいものないからねぇ・・・食べたことが
 あるのは、マグロの目玉とかイルカの肉くらいだなぁ・・・』

皆さん、それがどんなものか想像できないご様子。
そのうち、1人の女の子が、

『でも、日本ってお魚、生で食べるんだよね?』

私、答えます。

『そうだね。生が一番美味しいね。』

若者たちの中にざわめきが走ります。

どうやら彼ら、私が生のマグロの目玉をくりぬいて、そのまま手掴みでムシャムシャやってる場面を想像してます。目がそう言ってます。私をペキン原人か何かと間違えているのでしょうか?

名誉のために私、次々と食べたことのある、珍しい加熱食品を挙げていきました。

『いぬ、くま、へび、ねずみ、たんぽぽ、さぼてん・・・』

彼らの内のリーダー格の男が、私を遮って話題を変えました・・。
食事を終えた彼らのうちの1人の女の子が席を立ち上がりながら
私に言いました。

『ごめんね、悪い事訊いて・・・。』

えっ!? 

なんであやまるの??

えっ?

あれっ?

パイネ国立公園・山火事続報
2月22日

昨日お伝えいたしましたパイネ国立公園山火事の続報を申し上げます。

本日22日、午前10時過ぎより公園への入場が全面見合せとなっております。せっかく遠い所からいらしていただいたお客様方には
大変お気の毒なのですが、お客様の安全確保および消火活動の効率化のため、公園に通じる全ての入場口が閉鎖されました。

火災は一時、鎮火の兆しを見せたのですが、昨日未明からの強風にあおられ、再燃いたしました。公園内では200人体制で消火に当たっておりますが、未だに鎮火の見通しは立っておりません。

また、本日は公園内に滞在中のトレッキング客、観光客も全て
退去するようにとの通達があり、一時、パイネ国立公園周辺および
プエルトナタレスは公園から戻る方々の列により、ホテル、バス会社等で混乱が見られました。

火災発生が報告されてから既に丸5日が経過しておりますが、事態は悪化の一途を辿っており、更なる長期化が心配されております。

公園の閉鎖が長期化するようなことになれば、夏場の観光産業が
その収入の中心であるプエルトナタレスの経済にも深刻な打撃となることは明白であり、地元民も1日も早い消火を待ち望んでおりますが、消火に当たっている一部の関係者からは、

『既に人の力による鎮火を期待できる段階は過ぎた。』

との声もあり、ひたすら降雨を待ち望む雰囲気も生まれつつあります。

当地をご旅行予定の方は、今後の情報にご注意ください。
レッドアラート・パイネ
2月21日

突然ですが、パイネ国立公園が燃えています!

先週木曜日、外国人バックパッカーのお昼ご飯時の火の不始末により出火して、月曜日の夕方現在、未だに消火に至っておりません。
2週間ほど公園内は雨がなく、乾燥しきっていたこと、強い風にあおられて、川を越えて対岸に飛び火したことが被害を大きくしています。

既に灰に帰した地域は5000ヘクタール以上、連日100人以上の消防隊、軍関係者とヘリコプター、消防車が消火に努めていますが、未だに鎮火に至ってはおりません。

通常のパイネ観光ルートからは若干外れているため、1日観光は通常通り催行されていますが、一部トレッキングルートは閉鎖されています。

既に出火より5日が経過しますが、消火に当たっている人々もお手上げといった状態で、周辺の木々を切り倒し火勢の拡大を防ぐのが精一杯で、降雨による完全鎮火を待ち望んでいます。
前回、1985年のパイネ大火は27日間に渡り燃え続けた後、降雨により鎮火しましたが、その焼失面積は1万4000ヘクタールと言われ、今日でもその焼け跡が公園内の至る所に残されています。今回はどの程度広がるのか、地元民は心配しています。

火事の原因を作ったバックパッカーさん、200ドル程度の罰金を払って早々に逃げるようにチリを出国したそうですが、まさかほんの少しの気の緩みが、こんな大事を引き起こす事になろうとは思ってもいなかったでしょうね。

私たち日本人も、いつ加害者にならないとも限りません。
これからパイネに入られる方、今パイネにいらっしゃる方、
十分に注意して、大自然をお楽しみください。

本日はオチなしです。


どんなレタスがでっきるかな?
2月19日

チリ領南極半島(チリは南極の一部を自国領と主張しておりますので、個人的にはイヤなのですが便宜上こう呼びます。)にて、植物
育成の実験を世界に先駆けて本格的に始めます。

南極といえば、寒い、暗い、氷しかない、というイメージですが
南極半島の一部では実際にコケ類が自生していますし、全くの不毛地帯というわけでもないんです。

今回のプロジェクトはチリ大学と軍が共同で取り組むようです。
日照量が少なく強風にも絶えられる食用植物ということでレタスに
白羽の矢が立ったそうですが(可哀想なレタス・・)心配事が一つだけ・・・。

実はこのチリ基地、ベルナルド・オヒギンス基地という名前なのですが、この近辺は自然放射能の量が多いということで、放射線実験
にも使用されている地域なんですね。
研究者たちは、低気温、低日照の上に、放射能にも耐えられるレタスが出来るかもしれないと無邪気に喜んでいるようなのですが、
日本人なら当然心配になりますよね?

そう!ゴジラレタスが出来たらどうしましょう?って・・・。
あっ、でも、上手く倒せれば、パタゴニアの野菜不足も一気に解消するんだ。

う~ん・・よし!軍と科学者の諸君!育てるのと倒すのは任せた!
倒した後は私に任せろ・・・。
モンゴロイドのメンツ
2月18日

昨日、アルゼンチンのリオ・トゥルビオという国境の町に買出しに行ってきました。同行は近所のお姉さま方3人。
車を出してもらってる手前、おばちゃんとは書き辛いのです・・。

プエルトナタレスより遥かに品揃え豊富で安いものばかり。
タバコ2カートンとアルゼンチンワイン4本、カーネルの名に恥じずチキンの丸焼き一匹。あと細々とした雑貨類、買い込みました。

これで、1週間分の酒とタバコは確保!今夜は渋めのアルゼンチンワインとチキンで久しぶりの贅沢ができる!と喜び勇んで国境へ。
これでもカーネルさんは一応旅行会社社員!チリで免税になる範囲はもちろんご存知です。オーバーするタバコはポケットに、酒は座席の下に隠します。(脱税?密輸?)同行のおばさま方も生のチキンやら、ビーフやら、ハンドバッグの中に隠します。(チリでは加工してない肉類、野菜類、種子等は持ち込み禁止)

私は免税許容範囲のワインとタバコ、チキンの丸焼きを無造作に
トランクに放り出し必勝体制。問題のあるはずがない!

ところが・・・その日に限りメチャクチャ厳しいチェックを受けたのです。荷物は全部中を開けられ、車も念入りに調べられます。
後で分かった事ですが、この日の午前中にご禁制のコカの持込が
あったらしく、係員はみんなピリピリ。
結果、私のワインは見事に見つかり課税対象に。(タバコは無事)
おまけにチキンの丸焼きまで難癖を付けてきます。
調理食品にまでケチをつける係官に、日ごろとても温厚なカーネルも珍しくブチ切れ!

『おもしれえやんけ!』

同行3人が唖然として自分たちの生チキンや生ビーフが見つからないか戦々恐々としているのを尻目に、税関事務所でコルク抜きを借りてワインの栓を抜きました。あとはご想像通りの修羅場。
ワイン一本ラッパ飲み。つまみはチキン一匹。

15分後、両方とも綺麗に片付けました。
苦笑いしながら係官、『行ってよし』って。
そのニヤケタ面にカーネルは捨てゼリフを浴びせかけたのでした。

『モンゴロイドをなめたらあかんぜよ』(意味不明)

走り出した車の中でフラフラになっている私に、同行の3人は
恐る恐る尋ねたのでした。

『今のをカミカゼっていうの?』

いや、ちょっと違うんだけどね・・・。
炭鉱の町、黄色いハンカチの町。
2月18日

昨日、プエルトナタレスから一番近いアルゼンチンの町、というか
村、リオ・トゥルビオという所へ行ってきました。国境近くのひなびた炭鉱の町で、人口は超田舎のプエルトナタレスのそのまた半分くらいしかありません。昨年の落盤事故で14人の方が亡くなられた際には一部で一躍有名になりましたが、普段はほんとに淋しい集落です。アルゼンチンの通貨安から今日ではナタリーノ(プエルトナタレス居住者)の日常品買出し場と化しています。(チリのお金がそのまま使えます。)

私、この集落を見てすぐに『幸せの黄色いハンカチ』を思い出しました。高倉健さんと武田鉄也さんが出てたあの山田洋次監督の名作。あれに出てた北海道は夕張の町と酷似していたのです。
周囲を鉱物を産出する丘陵に囲まれた盆地に、平屋建て煙突付きの家々が所狭しと立ち並び、丘の中腹の長屋風の家までそっくりです。個人的な話になりますが、私、フライドチキンの次にこういう
鉱物とか化石とか大好きなんです。1万年前の石とか見てると興奮するんです!(変ですか?)

そんなわけで、着いてすぐにこの村が大好きになりました!
小さいですがスキー場もあり、炭鉱の中の見学もできる、なにより
自分が健さんになったような気分に浸れる・・・。
実を言うと私カーネルは、健さんよりすこ~しだけ太めで、すこ~しだけ三枚目なのですが、小さい頃から健さんのような男になる!
と公言してきた程のファンなんです。

上手く恋愛ができないときには
『不器用な奴ですから・・・』

長くシャバを離れた後にレストランに入って言う言葉は
『カツどんとしょうゆラーメンください・・・』

って決めてるんです!(幸いと言うか不幸にしてというか、今のところ言う機会に恵まれませんが)

というわけで、皆様も、パイネ国立公園で汗をかいた後は、このリオ・トゥルビオでゆっくり健さんに成り切りませんか?
女性だったら倍賞千恵子さん!

是非、お越しくださいませ。
制服を巡る論議
2月17日

チリ第12州、州議会はこのたび、現地小中学生(8年制)の通学に当たり、『経済的な理由で制服の購入が困難な児童に対しては、その着用を強制しない』、という条例を可決しました。

これに対し保護者会などは、子供が差別される原因となるとして
反発しています。
『私服の子供は貧しい家庭の出身と言い触らしているようなもの。
そんな思いを子供にさせる位なら親は食べなくても子供の制服を買う。』という主張はご尤もです。

ただ、チリ第12州の制服は、寒い地方だけにチリの他の場所より
金額が張るのは避けがたいところ。コートやセーターまで揃えなければなりませんから。そこで、保護者会が中心となり、互助基金を
設立して全ての児童に制服を!をスローガンに活動を始めました。

どこの国でも立法行政は箱だけ用意して中身は考えないようです。

ちなみに、私カーネルもご幼少の砌、一時期制服がなくて一人だけ私服だった事があります。決して貧乏で買って貰えなかったわけではなく(貧乏は貧乏でしたが)私の身体に合う制服が市販でなかっただけです。なんといっても生まれた時から4KGあった私はその後、『貧乏でも食べるものだけはケチるな』という家訓の下で育てられましたので、縦より横に成長期を迎えたものですから・・・。

気をつけよう!暗い夜道とまさし様
2月16日

プエルトナタレスとパイネ国立公園及び、プエルトナタレスとプンタアレナスへ向かう道中の途中までをウルティマ・エスペランサ県
と言います。日本語では『最後の希望』です。
この道中、舗装箇所もあればガタガタ道もありますが、基本的に
荒野に延びた一本道なわけです。

この道中で、今年に入ってから既に10人の方が事故で亡くなられています。地元の人の酒気帯びもいれば、レンタカーを借りて旅行中の外国人もいます。昨年の同時期、同地域の事故死者は1人でしたから、比較にならないほど今年の方が多いわけですが、その理由
の最たるものが、土地勘のない外国人旅行者のレンタカーが増えた
ことだと分析されています。

確かにこの道、真っ直ぐ伸びた一本道で走りやすい。ついついスピードが出てしまうんですね。制限速度は100kmで、対向車は数えるほどしかいない。単調な道中がドライバーにどんな影響を与えるのか専門的なことは分かりませんが、私がこのあいだレンタカーで
走ったときは・・・

夜でしたが、まず眠気はあまり感じませんでした。
街灯なんて気の利いた物はほとんどなく、暗い夜道に自分のヘッドライトが長く延びているだけ。対向車もない。
となると、時々変な気分になるんです。自分は確かにハンドルを握って走ってます。なのに逆立ちしているような・・・。
どっちが上でどっちが下か分からない状態になるんですね。
次にそのまま走り続けると、実際には真っ直ぐ走ってるのに、なんか蛇行しているような気がしてくる。
(酒は飲んでませんでした。ホントです!)

こういった道のドライブに慣れていない外国人旅行者の事故が多いというのも頷けます。私の場合は大好きな、さだまさし様の音楽を
聞きながら走ってたんですが、これがまた危ない!
思わず引き込まれてしまうんですね、歌と歌詞に。

『げんきでい~るかぁ まちにはなれたかぁ~♪』(案山子)とか
『きょ~ねんのあ~なたのお~もいでがぁ~♪』(精霊流し)とか

これは危ないと思った私はすぐにCDを変えました。
これまた大好きな、中島みゆき様♪ ドつぼです。

『まわる~まっわるぅよ~じだいはまわる~♪』 (時代)

ホントに回ってしまいそうです。

というわけで、レンタカーでご旅行をされる方は気をつけてくださいませ。パタゴニアの道には悪魔が住んでいます。
ミイラです。
2月15日

4、5日前の話になりますが、チリ南部でミイラが発見されました。場所は、州都プンタアレナスから南に250KMほどの孤島。
およそ200年前のミイラだそうです。
専門家の話によると、推定(?)女性、ほぼ完璧な状態で保存されており学術的価値は高いとの事。おそらくこの地方の原住民ではないかと言われています。

また、この地方の低温の気候が良好な保存状態を保ちえた理由とされており、他にも発見できるのではないかと、マゼラン大学の研究チームが調査に入りました。

200年前と言えば、日本では江戸時代末期。
火葬の習慣が古くからあった日本では、ミイラというのは一般的ではありませんが、(白骨死体はたまにあるようですが・・・)
南米では宗教的な理由から割りといろんなところにゴロゴロしてるモンなんですねえ。

というわけで、私も今日、ミイラを発見してしまいました!
場所はプエルトナタレスの町の中心地。もっと細かく言えば
私の住んでる建物の中。というより、私の部屋の中!

それは見事に干からびて、水分のかけらも残っていない状態で、私の部屋の戸棚の中から発見されました。

一週間前に半分だけ食べた、りんごの片割れ。

私が信奉する、『昨日の事は忘れよう!明日の事は考えない!』
という宗教的な意味合いが強いものと思われます。

本日のプエルトナタレスは晴れ。気温は18℃でした。
ここ10日ばかり、恐いくらいの快晴が続いています。
のら犬とノラ男
2月14日

昨日の日曜日は終日インターネットの不調により、日記を書く事ができませんでした。田舎ですからねえ。たまに、携帯とインターネットが同時に繋がらなくなる事があるんです。電話会社さんもこんな小さな村まで手が回らなくて、線を繫いでくれないんでしょうか?

さて、このプエルトナタレスの町に最近目立って増えてきているのが、のら犬と酔っ払いなんです。(酔っ払いは私がここに来てから
急増!!)村の海岸通には、いつも10匹くらいの犬がたむろしてます。かつては血統書付かと思われるような西洋犬、ドーベルマンとかマスチーフとか。なんでこんなに家なし犬が増えるかと
いいますと、ここの人は夏の間だけ旅行業をするためにここに滞在して、冬になると都会に戻っていく人が多いわけです。首都のサンチアゴとか、州都プンタアレナスとか。

都会では犬を飼うことが難しいのは日本もチリも同じ。
つまり、夏の終わりとともに大量の捨て犬が発生する仕組みになってるわけです。捨てられた彼らは一部が村に残り、一部は雪深い原野に向かいます。次に村に人々が帰ってくるまで、乏しい食料で食い繋ぎ、あるものは死に、あるものは生き残ります。

だから、ここのノラ君たちは、都会育ちのノラ君とわけが違います。本気で喧嘩します。車を見ると吠えながら追いかけます。
生きる事にホントに一生懸命なんです。

ここまで読んで、みなさん、何かを思い出しませんか?
そう、『南極物語』です!
昭和基地に取り残されたカラフト犬のタロとジロが、南極の厳寒の
中で生き抜いた、あの感動の物語!子供の頃、あれを見て何度泣いた事か!あの時の高倉健さん(映画)のカッコよかったこと!
小学生だった私はあれを見て、犬を飼い始めたんです。

昨日日曜日、スーパーでの買い物の帰りに海岸通りでひとしきり
そんな犬たちを眺めながら、子供の頃の思い出に浸りました。

『この子達に罪はない。』
『いつだって人間は自分の都合で彼らを傷つけ見捨てる。』

私に出来るのは、せめて彼らの頭を撫でてやるくらいなもの・・。


しばしの後、現実に戻り立ち上がって歩き出そうとした次の瞬間!
黒一色の中型犬が、私の買い物袋の中のサラミにいきなりか噛み付いたぁ・・・!!

前言撤回!思わず、『それ』を蹴り飛ばしてしまった・・・。

何様であろうと私の今晩のお酒のおつまみ。奪う奴は許さない!

以上、人間も犬も必死に生きてるパタゴニアなのでした。
食事中なのに・・・。
2月12日

またまたお友達の家にお呼ばれしてしまいました。
私がほとんど自炊しないもんだから、まわりのみんなが気を使ってくれて・・・というか、こちらからさりげなく『ひもじいよぉ~』
って雰囲気を醸し出して・・・。

奥さんの手料理がずらっと並んだテーブルを前に、ワインを飲みながら大いに歓談したのです。パタゴニアなのにその日はとても蒸し暑くて、窓は開けたまま。

と・・・、一匹の羽虫が入り込んで来ました。まだ小さな2人の
子供が騒ぎ出します。蛾ほど大きくもなし、蝿ほど小さくもなし。
せっかくの料理の上に降りられては大変!と、私はいつもの慣れた手つきでヒョイっとトッ捕まえて、ティッシュに包んで捨てました。(それが異常な行為だなどとは、つゆ考えず。)

それを見ていたお子様方、『ぎゃーっ!!』とお二人でハモった
あと、ついさっきまで仲良くお話してたのに、口も聞いてくれなくなりました。

『はは~ん、これは西洋世界ではイケナイ事なのね。』

と鋭い私は察しました。

だから2回目に同じような虫が飛び込んできた時は、慌てません。
手掴みはハシタナイ。手掴みはハシタナイ。手掴みはハシタナイ。

『えいやっ!』

手元にあった雑誌で叩き潰しました。

一瞬の沈黙の後、再び子供たちの顔が引きつります。
奥さんまで、なんか目が笑ってません。奥さんは黙って立ち上がり
窓を閉めました。誰もが今の出来事に触れないように、さりげなく
明日のサッカーの話などを始めたその時!

哀れな3匹目がブーン・・・・。私は見てない振り・・・。
もうなんにもしません!!目で『それ』を追いかけます。

2人の子供の内、お姉ちゃんの方が隣の部屋に姿を消して、間もなく何かを手にして戻りました。彼女はおもむろにそれを哀れな3匹目に向けて

『シューッ!!』

料理の真上で浴びせかけました。今度は私が引きつりました。
その後、何事もなかったかのように楽しい楽しい晩餐は続いたのでした。が、飲んでばかりで、あまり食べた記憶がない!!
せっかくの栄養だったのにぃ!!!

なにが『マナー』か、異文化理解は難しいもんです。


ひとつの終わり
2月11日

3月末、パタゴニアでひとつのホテルが、その40年の歴史に幕を降ろします。大手会社に買収され、大幅な改装、改築を施されて近代的なホテルとして生まれ変わることになります。
そのホテルの名前は『カボ・デ・オルノス』。抜群の立地と60名の従業員の行き届いたサービスで知られた州都プンタアレナスのホテルです。

先日、私がそのプンタアレナスから車で3時間のプエルトナタレスに戻る長距離バスでの話。

隣の席で一人の御婦人が静かに座っていました。仮にお名前をJさんとしましょう。Jさん、なんだか時々すすり泣いていらっしゃるご様子。さすがの私でも3時間寝た振りをするのは至難の業。
面倒だな・・・と思いながらも話しかけてみました。

Jさんは24年間、カボ・デ・オルノスで掃除人(ハウス・キーパー)として働いていて、今回のホテル閉鎖を機に現役を離れるとのこと。お歳は64歳。新オーナーの元で再雇用される従業員もあるが、60歳を過ぎていてはその対象外。今回は3日間のお休みを取って、プエルトナタレスに住む娘さん夫婦の元へ骨休め。
あと1ヵ月半だし、このまま辞めてしまおうかとも思ったけど・・・と笑う横顔は淋しさを湛えていました。

でも・・・と彼女が語り始めたのは、そのホテルの歴史の中で最も華やかだった頃の話。

『お客さんが入りきらなくて、ロビーにソファーを運んで休んで頂 いた事もあったのよ。』

 と笑うJさんの顔はさっきと打って変わって誇らしげ。

『ほとんど骨組みだけを残して、全て壊されるらしいけど、私は彼 の最後の日までピカピカに磨いてあげるつもり』

 と涙声で語った後に

『主人が亡くなってからは、もうほとんど自宅とホテルの往復だ  け。ホテルにいる時間の方が長かったんじゃないかしら』

『でも、だめねえ・・・人間もホテルも歳を取ると・・・』

とつぶやく彼女を、茶化せるほど私は擦れてもおらず、綺麗な言葉で励ませるほど人生経験を積んでいるわけでもなく、ただ黙って聞いているしかなかったのです。

そんな私に、バスがプエルトナタレスに着いて席を離れる際に一言、『どうもありがとう』って、笑ってホッペにキスした彼女。

お礼言われるようなこと何もしてないのに・・・。
何か気の利いた言葉を掛けなきゃいけないのは私の方だったのに・・・。出てきた言葉は、『どういたしまして』。
(俺はアホか?!)



今日は彼女がプンタアレナスに帰る予定の日。『彼』との残り少ない日々を過ごすために。
見送りに行こうかどうかひとしきり迷ったが、未だに彼女に掛ける適当な言葉が見つからない。

朝からグズつき気味だった空は、夕方から冷たい雨に変わった。

『あの人はカサを持っていただろうか?』

 妙な事が気に掛かる。
パコがパコパコやってきて・・・。
2月10日

パタゴニアに来て昨夜初めて警官の職務質問を受けました・・・。
友人と午前2時まで飲んだ帰り道、人通りのすっかり絶えた住宅地を歩いていると、犬を連れたパコが(パコ=警察官、悪い言葉ですので、教養のある人はあまり使いません)近づいてきて、カルネ(身分証明書)の提示を求められました。

別に酔払って歩くのは犯罪じゃないし、正々堂々としていればよかったんですが、そのうち犬が私のリュックをクンクンやりだして、
持ち物検査までされる羽目に・・・。

最近、この田舎町の若者たちの間でも、マリファナ・パーティーなどがあるそうで、特に深夜の若者(若者だと思ってくれたんだ♪って喜んでる場合でもないけど・・・)は注意しているのだと言いながら、リュックの中をゴソゴソやっていた警官、一つの紙包みを
見つけると、私に

『これはなんだ?』

酔払ってた私、ここでその謎の物体を警官に説明することになり、

『それは、ある植物から作られる食べ物で、日本人はみんな大好き
 で、ご飯と一緒に食べると最高で、ちょっと匂いがあるけど
 酒にもよく合って・・・』

ってなことを口走ったのです。(と思うのです、良く覚えてないけど)するとこの警官、包みからそれを取り出して、鼻を近づけて
匂いを嗅いだ後、犬の鼻先にそれを突き出しました。
犬、訓練された警察犬の筈なのに、しきりにその匂いから逃げようとします。

パコは、一応マリファナでもコカインでもない事を納得すると、
戻された『それ』をその場でかじり始めた私を見て、まるで
ゴキブリでも見るような眼を向けた後、去っていきました。

その日、偶然会った日本人のオバサマから頂戴した『それ』とは。

あたりです!『たくわん』でした。

やあ!・・・ あんただれ?
2月9日

カーネルさんは町で栄養補給を済ませて帰ってきました。
これでまた、1ヶ月は貧食に耐え忍ぶ事が出来ます。

その町で、知人から夕食の招待を受けました。
喜び勇んで出掛けてみると、そこには13人の人が・・・。
その知人の奥さん、息子たち、ご両親・・・
ここくらいまでは、なんとかお顔と名前が一致します。
息子のガールフレンド、甥の友達、いとこの奥さん・・・
殆ど覚えられません。
庭の手入れのために出入りしてる植木職人の奥さん・・・。
・・・・・・・。

チリ全般にそうですが、パタゴニアの田舎ではこうした晩餐に
お招きいただくことがしばしばあります。

それで終わればいいんですが、そのうちの何人かとは必ず翌日に
会うことになるんです。狭い町ですから。

『よう!昨日は楽しかったな!』
 と見知らぬ兄ちゃん。

『今から息子を迎えに幼稚園まで行くんだけど乗ってく?』
 と、見知らぬ奥様。

余りむげにもできないから、答えます。

『そうだね。また誘ってね。』

『あっ、じゃ、乗っけてくれる?』

狭い町ですから、人間関係は何より大事。
結果・・・

『じゃ、今日はおれん家でやろうぜ!覚えてるだろ?
 昨日の○○も呼ぶからさ。』

 (○○の前に、お前は誰だよ、おまえは!)

『ここでいいです。乗っけてくれてありがと。ご主人に宜しく。』

 (ここはどこだ?どうやって元の場所に戻ればいいんだ?)

ということになります。

ここへ来て、おかげ様で、お友達がたくさん出来ました。
お友達の振りも上手にできるようになりました・・・・。

本日のプエルトナタレスは24℃。暑い!
おやすみのお知らせ
2月6日

カーネルおじさんは明日から2~3日、山へ芝刈りに・・・じゃなくて、町へフライドチキンを食べに行ってきます。

そのあいだ、『なれそめ日記』はお休み致しますので
ご了承下さい。

フライドチキン禁断症状が抑えられなくなりました。
チキ~~ン!!!!


ウニ業者がカニ泥棒!
2月6日

昨日プンタアレナスでカニ密漁業者が摘発されました。
パタゴニア地方で獲れるカニはタラバガニ系亜種のミナミイバラガ二という種類で、現地ではセントージャと呼ばれます。
肉質もしっかりしており、型は日本のタラバより若干小さめのものが多いようですが、ここ現地でも高値で取引されています。
先日、某新聞社が行った、外国人旅行者に好まれるパタゴニアの食材というインタービューによると、このセントージャがダントツの1位だったとか。

この密漁業者、27カゴのセントージャ(約900KG)を密漁し
その大半は卵を抱えたメスであったことから、法律で規定される
300万ペソ(50万円相当)を大幅に上回る罰金が科せられる
見込み。本来の禁漁期は6月30日までとなっており、その間は
解禁期中に漁獲された冷凍物が食卓に上ります。

この業者、警察の取り調べに際して、こう言っているとか・・・。
『カニが増えすぎると、ウニの取れ高が減る。おいらは普段
 ウニの漁で稼いでいるんだ。ウニの保護をしなくていいの
 か!?』

はてさて、ウニとカニ、たったの一字違いですが、あなたなら
どちらを保護したいですか?
 
本日のプエルトナタレスは晴れ、気温は19℃。海岸には多くの地元っ子が水辺で休日を楽しんでおりました。
あっ!海鮮丼ができる!
2月5日 パタゴニアに来て以来、野菜不足とファーストフード不足で 栄養失調の心配をしておりましたカーネルさんに朗報! プンタアレナス、プエルトナタレスでは、海鮮丼の材料に事欠かない事を発見! ウニもあればカニ(タラバ系亜種)もある、ホタテの貝柱もサーモンもある!これは海鮮丼作らねば!と普段料理なんて全くしないカーネルさん、一念発起して買出しに出掛けたのでした。 思い詰めたら一途なカーネルさん、禁漁期もなんのその、ウニ工場で闇ウニをゲット、いつも行くレストランでカニのほぐし身を分けてもらい、サーモンは冷凍をスーパーで購入、醤油もチャンと用意して、3ヶ月ぶりに台所に立ったのでした。 ご飯ばかりは日本のお米というわけにはいかず、現地のお米で一番それらしい物を選んで炊くしかありませんでしたが。 さて、ご飯も炊き上がり、盛り付けて出来上がり! ここでカーネルさん、ふと出来立ての海鮮丼を見つめて固まってしまいました・・・。 実はカーネルさん、10年来の痛風持ち。なったものでなければ あの痛みは分からないと言いますが、まさに夜ベッドで横になっても眠れないほどの痛みなのです。 あったかご飯の上に鎮座していらっしゃる黄金色のウニさま、一番の大敵。ふっくらとしたピンク色のカニさま、二番目の大敵。 『ちょっとなら大丈夫』  悪魔がささやきます。 『歩けなくなったら明日の仕事に差し支えるぞ』  天使もささやきます。 そう、今これを書いているカーネルさんの目の前に、出来立ての 『それ』はあるのです! こうしてカーネルさんの葛藤をよそに、パタゴニアの夜は更けていくのでした・・・。 ----- つづかない ------
中古車売買には気をつけよう!
2月4日

チリ全域で普通に行われている個人間の中古車売買。
新聞に個人広告を出したり、使用中の車に『売ります』の
紙を貼り付けて買主さんを探します。
パタゴニアにおいても同様に、たくさんのオーナーさんが
新聞広告で自分の車を売りたがってます。

ところが、そのほとんどが10年以上経った骨董品級。
また、パタゴニアでは未舗装道路が多いため、対向車の跳ね上げる
石などでフロントガラスにヒビが入っていたり、タイヤは磨り減ってツルツルだったりと、良く現物を見てみないとどんなものを
掴まされるか分かったもんじゃありません。

そんな中でも極めつけ!
私の知人のナタリーノ(プエルトナタレスの人)は凡そ500ドルで新聞広告に出ていた車を見に行きました。年式は1985年ですから20年車ですね。外観はまあ、ソコソコ。何といっても20年車ですから贅沢言っちゃいけません。さて試乗してみようかと、キーを回してもエンジンは掛からず。友人のMさん、当然オーナーに
クレームしました。
するとオーナー、奥へ引っ込みなにやらゴソゴソ。
ガレージから出してきたのは、なんと台車に乗っけたエンジン!
でも、どう見てもその車のエンジンにしては大きい。

真相は、このオーナー(と呼べるかどうか?)パタゴニアの大平原に打ち捨てられてたエンジンのない車体を引っ張ってきて、エンジンは修理工場から適当に盗んできたらしい(定かではない)。

逞しい商魂というべきか、何を考えてるのか分からない大馬鹿野郎
というべきか・・・。

というわけでMさんは車をやめて、そのお金で自転車を買ったのでした。新品のエンジン無しの。今日も『マイカー』を自慢げに乗り回しているMさんを見るに付け、パタゴニアのスケールの大きさを
感じずにはいられませんでした。

本日のプエルトナタレスはこの夏最高と思われる25℃、快晴でした。

自然を大切にする喫煙者様
2月3日

プエルトナタレスから日帰りでアルゼンチンのペリトモレノ氷河
へ行ってきました。目の前一面に広がる青い氷河を見ながら、ボケーッとして過ごすのは最高の贅沢!食後のタバコの美味いこと!!

アルゼンチンもチリも非常に喫煙者に対して寛容なお国柄。
でも国立公園の中ともなれば話は別。山火事の恐れのある投げ捨てや、森林の中での喫煙は厳禁です。

そこで会った、ドイツ人のオバちゃま、タバコが大好きでいつでも
プカプカふかしてました。でも『私はマナーは守ります』と言って
チャンと携帯用灰皿を持ち歩くのはさすがです。
私も持ち歩いていますが、日本人以外でそれを持っている人に会うのは初めてで、彼女の自然保護に関する講釈を聞いてると、ホントにドイツ人のエコロジー意識の高さには脱帽です。

『自分たちも森林の国の民だから』と言いながら、ドイツなまりの
英語でとうとうと語った後、おもむろにバッグから携帯用灰皿を取り出すと、

『あっ~!一杯になっちゃった』

と言いながら私の目の前で、なんと!中に貯まった吸殻を、湖に撒き散らしました・・・。

『えっ!???』って感じで固まってしまった私に、

『こうすれば山火事は大丈夫!!』ってニコヤカに仰ったオバサ  マの顔は、とても満足そうでいらっしゃいました・・・。


カラファテの本日の気温は、地元の人も驚くほどの27℃。
快晴で風もなく、暑い一日でした。
2005/02/04(金) 22:12:13| パタゴニア生活日記| トラックバック(-) コメント(-)
活動写真がやってくる!
2月2日

プエルトナタレスの町から車で20分ほど、ミロドン洞窟に
2月5日~9日まで移動映画試写会がやってきます。
内容はチリとアルゼンチンの軍政時代のお話だとか。
プエルトナタレスの町から夜、送迎の有料バスが出ます。

一昨年までこの町にも映画館が一軒だけ存在したのですが
火事で焼けてしまって以来、ここは映画館の無い町・・・。

でもなんで洞窟でやらなければならないのか?なんにもない
夜の洞窟で、風が吹き荒ぶ中で。内容がホラー映画でないのが
救いといえば救いです。
これはこの町の例年の行事だそうで、毎年地元民で賑わうそう
ですが、夏の日長を持て余し気味の私も行ってみようかと思っています。

旅行者の方でも、もしちょうど予定が合うようなら行ってみては
如何でしょうか?夜の洞窟観光も一緒に出来てしまいますよ。

個人的には移動パチンコ屋か移動赤提灯でも来てくれないかなあ・・・と思うんですが・・・。

本日のプエルトナタレスは珍しく朝から快晴。気温は19℃でした。
釣り初心者の心得
2月1日

パタゴニアに来て初めて釣りに行きました、友達に連れられて。
湖でマス釣り!!でも釣りなんて小学生の時、ミミズを触れなくて
諦めて以来・・・・・・20年ぶり。
でも今回はミミズもゴカイもつける必要ないルアーフィッシング!
まずは竿にルアー付けて釣れそうな場所まで彼らに連れて行ってもらって、さあ!・・・『どうやって投げるの?』って感じです。

投げ方を手取り足取り教えてもらって、さあ!・・・『どうやってリール巻くの?』・・・。

よし!これで完璧だ!ってやり始めてらがまた大変でした。
毛鉤でフライフィッシングやってる人たちの真ん中に私の投げたルアーがポチョン・・・。『危ないだろ!』って怒鳴られたって
『気をつけてくださいね・・・』しか言えないじゃん!

1時間もやればもう十分。釣果はもちろんゼロ。だいたい釣りなんて忍耐の無い私には無理なんだ!北海道の熊さながら、水の中に入って手掴みで捕まえたくなりました。

本日の教訓

釣りは人のいないところ、魚のいるところでやりましょう!


本日のプエルトナタレスは晴れ、気温は18℃と高めでした。
迷惑を掛ける死体
1月31日

チリ領フエゴ島にポルベニールという小さな町があります。
そこの住民が現在、行政に対して当地の死体置き場(モルグ)を
建て直して欲しいとの要望を出しています。

すでに老朽化が激しく、付近では悪臭が立ち込めているとか。
これに対して行政は、施設管理を受託している病院に改善を求めるのみで、新モルグを建設する予定は無いということで、住民の要求は受け入れられなかった様子。

カトリックのこの国では、火葬制度は一般的ではなく、埋葬されるまでの間、こういったモルグ施設で低温保管されるのが一般的ですが、その処置が杜撰だったり、低温に保たれなかったりすると、
悪臭が発生するとの事です。幸い、モルグからうめき声が聞こえるとかいう事は無いようです。

この話題に付いて、現地の人と話していた時に質問を受けました。

『日本ではこんな問題は無いのか?』
『日本は殆ど火葬だから・・・』
『なんで燃やしちゃうのか?』
『日本は狭くて、そのまま埋めると土地が足りないから・・・』

ということで、異文化相互不理解に一役買ったのでした。
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