南の果て、野菜不足と戦う毎日。 羊のバーベキューに舌鼓を打ちながらも ふとした拍子に思い出すケンタッキーフライドチキンの味…。ああ、望郷。
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パイネ/サバイバル日記1
3月30日

パイネの山篭りから戻ってきました【クマ】です。

昨夜、ここへ辿り着いたときには、まさしくクマでした。
5日間ヒゲも剃らず、山の夜風でノドも潰れて声も出ず、脚はビッコで服はドロだらけ・・・。人間じゃありません。

と、いうわけで、パイネで4泊してきました。
その筋では有名な『W』というトレッキングの実践です。
今日より数回に分けて、この間の物語をしたいと思います。

まず1回目の今日は、『準備』からです。

山小屋の食事は高い、不味い、少ない!というのが定石ですので
出発前から、同行予定のクリスティアン君と食料の買出しをしていました。2人とも、泊り掛けの山登りなんて子供の頃にしか経験してません。何を持って行ったら良いのかも分かりません。
結局、2人で相談して、

『なるべく火を使わないもの、使ったとしても、お湯を沸かす程度 のもの。カロリーの高いもの。重くないもの。ゴミが多く出ない
 もの。普段から食べなれているもの。』

という条件で、それぞれが買って、山に入ってから分け合おうということになりました。

早速、近所のスーパーに行って思いつくままに買い物をしました。

さて、山に入って日が暮れて、じゃあ食事にしようか!って段階になって、2人はお互いの持って来た食料と初めてのごたいめ~ん。

次の瞬間、2人とも目がテンテン。

まず、クリスティアン君のリュックからは、

りんご、バナナ、トマト、ピーナッツ、ゆでたまご、コーヒー、
牛乳、シリアル・・・・。

『こいつ・・・なに考えてんだろう!』って感じですよね。
家でダイエットしてるわけじゃないっちゅ~の!
なんで、こんなトコまで来てシリアル?身体酷使するんだから
もっと精のつくもの喰わなきゃダメぜよ・・・。

続いて、私のリュックからは、

ビール、ビール、ポテトチップス、カップヌードル、サラミ、
ビール、ビール・・・・。

夜のお供に欠かせないものが勢揃い・・・。

さてさて、よくもまあ、これだけ正反対に使えない物がそろったな
って感じです。

結局、
私はポテチとビールのいつものスタイル+りんご1個(進歩♪)。クリスティアン君はゆでたまごとバナナとビール。

まあ、落ち着く所に落ち着いたのです。

でも翌日の朝食は、どちらからともなく、

『山小屋に頼もうかぁ。高いけど・・・。』


こんな2人の珍道中は、まだまだ始まったばかり・・・。

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おやすみのお知らせ
3月23日

明日24日から数日間、なれそめ日記はお休みします。

しばらく俗世を離れ、パイネ国立公園で修行する事になりました。

戻ってきたら、ガラッと作風の変わった『開眼日記』となるかもし

れません。

                   かーねる


最果てのカップラーメン事情
3月23日

とうとうやってきました!プエルトナタレスの夜明けです!

これまでスーパーに行っても、毎日食べるものもなく、パンや
缶詰、スナック菓子などが、私の食事の中心を為していたのですが
昨夜、とうとう見つけてしまいました、日清のカップヌードル、アメリカ版!ご飯を炊くことも滅多にしない私でも、お湯くらいは
沸かせます!と、いうわけで早速試してみました。

『お湯を注いで3分』のフレーズは日本と同じ。
味は2種類で、スパイシーチーズ味とピリカラメキシカン味。
チーズ味はちょっと趣味じゃないです。でもメキシカンの方は
日本人にも十分喜んでいただける仕上がりです。

なつかしのカップラーメン!ということで、周りのみんなにも
ご馳走しましょうということで、6つ買い占めました。
(1個だいたい150円くらい)
宿の丸テーブルを囲んで6人が待ち受ける中、私、得意げにお湯を注いで回ります。3分間待って、さあ出来上がり!
5本のフォーク(チリ人)2本の箸(私)が一斉に動き出します。

『どうだ、みたか!これぞ日本文化の産んだ偉大な食の王様だ!』

(多くの日本人の皆様には異論も御座いましょうが、少なくとも
 今の私にとっては、紛れもない『ご馳走』なのです!)

ところが・・・
彼らのフォークが一向に進みません。別に不味いと言ってる訳ではないのですが・・・。

彼らは、私のように、メンをズルズルッ!って出来ないんですね。フォークに巻きつけて千切って食べるんです。それはラーメンの食べ方じゃないだろ!って言いたいんですが、グッと我慢。箸を使えるのも、ズルズルッ!って出来るのも私が日本人であればこそ。
彼らにそれを求めるのは酷、ということは分かっております。
彼らに対して、多少の優越感(こんなこと位しか優位に立てないのです。)を感じながら、ズルズルしてました。

さて、メンの後は当然、スープですよね。
コテコテの日本人の私、何の疑いもなくスチロール製のカップを
口に当て、ズズズズ~って豪快に飲むわけです。でも、彼らは、
これも出来ません。
『スプーンですくって音を立てずに静かに飲む』
これが彼らの流儀。そのためには、あのカップヌードルのカップは
深すぎるのです。彼ら各々、皿を持ち出し、そこに移してスプーンで飲み始めました。

どうも、彼らにカップヌードルの素晴しさを理解してもらうのは
難しいようです・・・。


牛に引かれて、馬に追われて、ドロテア参り・・・
3月22日

プエルトナタレスの町並みと周囲の湾景、冠雪を頂いた山々を一望に見渡せる小高い丘(標高600M余)を、『ドロテアの丘』と言います。この地域の海路を探検したエベルハード船長さんの娘さん
の名前から名付けられました。

地元の言い伝えによると、この娘さんは、たいそう美しかったそうです。でも少し凛とした冷たさの様な物も兼ね備えていらしたそうで、他の山系からは少し離れた、孤高のドロテア山にはピッタリです。私、個人的には、あまり『冷たい美しさ』よりも『暖かい泥臭さ』の方に魅力を感じるわけですが、まっ、そんな事は今は関係ありませんね。というわけで、ドロテアドロテア♪に戻ります。

登り口に民家があって、彼ら、何故か入場料取ります。
まあ、彼らの牧場を横切って登るのが一番近道なので仕方ないです。登り始めて10分もすると、イキナリ急勾配!ヒーコラ言いながら登っていると、前方に10頭余りの牛さん発見。人間がいなくても、犬が器用に先導して行きます。牛さんたち、よそ見しながら
だから遅い遅い。これが『牛歩』って言うんだぁ!って納得。

おまけに私がすぐ後ろに付けると、最後尾の奴、私がこれから歩こうとする場所に排泄物撒き散らしながら、時々こちらを振り返りながら、馬鹿にしたようにこちらを見ながら、ゆっくりゆっくり登っていきます。草食べながら、排泄しながら、時々犬に吠えられながら登る彼らに、さすがに痺れを切らした私は、登山道を外れて彼らを追い越しました。

しばらく後ろに注意を払う余裕もなく、ゼーゼー言いながら急勾配
(ほんとにこのドロテアは最初から最後まで急勾配!)を登っていると、背後に気配・・・。振り向くとそこには1頭の馬が・・・。

『あれ?なんで、うま?』

これには人が乗っていて、なにやら荷物を背負っていました。
どうやら頂上のアンテナ施設に何かを運ぶご様子・・・。
でも、登山は既に佳境。右手には延々と続くヌカルミ。左手は
切り立った崖。頂上までの一本道は森に阻まれて終点が見えません。覚悟を決めて、脚を速めます。でも所詮、4本足の馬に勝てるわけはありません。馬上のおじさん、笑いながら

『ゆっくりでイイヨ。』

って言ってくれますが、肝心のお馬様は

『ブヒヒ~ン!(急げ急げ!)』

って言ってます、たぶん。

ヒエッ~!立ち止まる事も出来ずに心臓バクバク。
同僚の牛くんの仕返しか!なら、こっちだって牛くんたち
のように、お前の目の前にボトボトと必殺技を・・・
って訳にはいかないのです。
一応私も、長いこと人間やってるモンで、そこまですぐに
野性には戻れないのです。

そんなこんなで15分後、死にそうな思いで辿り着いた頂上
には・・・なにもありませんでした。2本のアンテナと吹き飛ばされそうな時速100kmを超える強風。5分とは居られませんでした。

牛に馬鹿にされ、馬に脅されて・・・まっ、こんな日もあるさっ!





地震被災者の皆様へ。『頑張ってください!』
3月21日

本日、この田舎の3流地方新聞にも、先日の九州に於ける地震の
記事が大きく出ていました。お1人の方が亡くなられ、多くの方が
負傷された由、誠にお気の毒です。また、家屋の倒壊も多くあったとのこと、不自由な生活を強いられていらっしゃる方、頑張ってください。

昨年の新潟の地震の傷も癒えぬうちに、再びこのような惨事に見舞われた日本人に対し、同じ地震国のチリ国民も(少なくとも私の周りのチリ人は)『負けずに頑張ってください』と申しております。

私の友人たちの、今回の地震に対する感想は次の2点です。

●大規模地震にも拘らず、人的被害が最小に留められたことは
 さすがは日本。我々チリ人だったら、沢山の人が亡くなられた
 だろう。

●救助のための軍隊(自衛隊)の派遣が非常に早かった。
 政府も対応に慣れているのだろう。

政府云々は色々と異論もございましょうから、敢えて触れませんが
民間レベルの対応が的確、準備万端であるという点では、確かに
彼らの言うとおりだと思います。

チリも同じように地震による壊滅的な被害を何度も受けていながら、10年も経つと忘れてしまうのでしょうか。都会では、日本なら明らかに違法建築と思われるようなガラス張りの奇抜なデザインの建物で溢れています。

余談ですが、皆様はご存知でしょうか?
隣の国、アルゼンチンには歴史的建造物(植民地時代)が数多く残されており、一般家屋も歴史のある石造りのものが多いのに対して
チリでは真新しいマンションやビルが多い理由・・・。
そうです。チリでは大地震ごとに新しい建物を建て直してきたのです。一方のアルゼンチン(ブエノスアイレス)は大地震というのは
起らない地形なので、古いものがそのまま残っているのです。

チリ人は今、次の大地震を待っている状態です。既に傾向から言えば、いつ次が来てもおかしくない状態なのだそうです。

日本では、タンスや食器棚が倒れてこないように、壁に打ち付けるなど、みんな自己防衛の意識は高い・・・と話したら、私が長期滞在してる宿のオジちゃん、早速、釘と金具を買ってきてトンカントンカン始めました。

『ところで、1ヶ月も前から頼んでる私の部屋のドアの建て付けの
 修理はまだぁ?』
屠殺業 兼 とこやさん
3月20日

『そろそろ伸びてきたなあ・・・。』

鼻の下ではなくて、髪の毛の話です。昨日、日曜日、私が11月に当地に赴任して以来、2回目となる床屋さんに行きました。
普段の私は極度のモノグサで、日曜日は余ほどの事がない限り昼過ぎまでベッドの中。

昨日も昼過ぎまで布団の中でヌクヌクしてたら、ふと地元新聞の広告に目がいき、『人間の毛、切ります』の文句に興味を覚え、トコトコ行ってきました。

地図によると、そこは廃工場のような町外れの床屋さん。
奥の民家に声を掛けると、コロコロしたオヤジが出てきて

『へい!らっしゃい!』

私、『散髪お願いしたいんですけど・・・』
オヤジ『ああ、ちょっと待っててね。今用意するから』
私 『椅子はドコ?』
オヤジ『今、出すから』
私 『・・・・』

10分後、用意が整い案内されたところは、なんか薄暗いコンクリート床の一室。一応、椅子と鏡とバリカンなどはあります。

オヤジ『さて、どうしましょ?』
私 『特に希望ないからお任せで!』
オヤジ『丸刈りでもいい?』
私 『それはイヤ・・・』

オヤジが鋏を動かし始めると、私は気になっていた事を訊いてみました。

『人間の毛、切ります。』って面白い書き方してますよね・・・。

オヤジ 『ああ、おれ、以前はココの工場で羊の毛刈ったり、肉捌
     いたりしてたから、今でも間違えて羊を頼まれたりする
     んだよね・・・』

私 『タラァ~(気温5℃でも汗・・・)』
私 『でもでも、床屋さんの免許はあるんですよね、ねっ?』
オヤジ『ああ、心配すんな、大丈夫!お袋が床屋だったから。』
私 『んで?貴方様は?(何故か丁寧語に・・・)』
オヤジ『見て覚えたんだよ。』
私 『はははっ・・はは・・・うそでしょ。』
オヤジ『大丈夫だから任せとけって!』

もう、こうなると、まな板の上の鯉。行き着くところまで行ってやるぅ・・・と覚悟を決めてお任せしました。

バリカンの使い方が少しだけ乱暴で、たまにチクチクしましたが
大きな問題はなく無事終了・・・と思いきや、オヤジ、家の中に何かを取りに行きました。戻ってくると、手に何かのビンを持ってます。

私 『あっ、ぼく、ジェルは使わないから・・・』

オヤジ 『いや、これ、血止めクリーム・・・』

私 『えっ!?どこどこ?』
  (自分の頭撫でてみますが出血は見当たりません。)

オヤジ 『そうじゃなくて、おれの指・・・・』

鋏みで指、傷つけたのね・・・このオヤジ。

家に戻って、部屋に入った瞬間、無事帰れたことをご先祖様に感謝
せずにはいられませんでした。

教訓 『床屋さんは遠くても隣の大きな町まで行きましょう!』
イスラエリータとの遭遇
3月19日

先日ここで書きましたが、本日、嫌われる旅行者さまの実態を目にしました。私がいつもの大衆食堂で夕食を摂っていると、現れた
イスラエル人の若者グループ14人。その行状がなかなかに面白かったので、皆さんにもお知らせします。

まず、店に入るなり、店中のテーブルを自分たちで店の中央に並べ
14人分の席を作ります。席に付いて、とりあえず全員に無料の水
を持ってこさせました。14人のうち、2人が最初に、1人が追加で、合計3人がスープを注文しました。

スープが来るまでの間、店のオバちゃんにパンを1個だけ持ってこさせて、それを真ん中に置いて、まずはユダヤ式のお祈り。
全員がポケットからユダヤの帽子を取り出して頭にチョコンと載せました。お祈りの後、1個のパンを人数分に千切り分けて、全員に配りました。

ここまでは、まあ宗教的な意味もあり、ユダヤ文化では当たり前のことなのでしょう。私の後ろに座っている白人老夫婦が少しばかり
嫌な顔してたのが気になりましたが、私的には全然OK。

続いて、各人がメインディッシュを注文し始めました。
これが傑作!彼ら、他の人とメニューが重なるのが嫌なみたいです。これがユダヤ文化なのか、それとも彼らだけの拘りなのかは分かりませんが、みんな別々のものを注文します。一通り、メニューに載ってる料理が(12品)一巡してしまうと、2巡目の人は、

『オレもミラネサ(カツ)。でも、あいつが牛カツだから、オレは
 チキンカツ!』

ってな具合になるわけです。メインの注文を聞いてたこの店の親父
ゲンナリした顔で、厨房の奥さんを呼ぶと

『付き合いきれないから、代わりに聞いといて』

と、彼らに理解できないスペイン語で呟いて奥へ消えました。

一応、奥さんが忍耐強く全員の注文を聞き、入れ違いに、先ほど
『3人』が注文したスープが出てきました。先に注文した2人は
問題なく受け取ります。ところが3人目、最後に追加で注文した
奴が 『俺はそんなもの頼んでない!』って、ごね始めます。
店のオバちゃんが気の毒で、その3人目の彼がスープを頼んだ事を
私が証言してあげようかと口を開きかけた、その次の瞬間!

『お前ら、そんな事だから戦争がなくならねえんだ!!』

という英語の叫びが、私の後ろから浴びせかけられました。
振り向くと先ほどの老夫婦の旦那さんが血相を変えて、若者グループを睨みつけています。

『あっ、やばい展開・・・』

老夫婦の奥さんはオロオロして旦那さんを引きとめようとしてます。でも、興奮した旦那さん、止まりません。

『なんでおまえらはいつもそうなんだ!?だからアウシュビッツ
 みたいな事になるんだ!!』

あっ、マジでやばい・・・。この人、もしかして、ナチ・・・。

私が日本人らしく傍観者を決め込んで、店の人が警察呼ぼうとして
いるうちに、その旦那さんは彼らの許に歩み寄り、空いていた椅子に腰を下ろすと、英語でもスペイン語でもドイツ語でもない言葉で
彼らに語りかけたのでした。そう、ヘブライ語で・・・。

以下、言葉分からないので、私の想像になりますが

『おまえら、若いモンがユダヤの評判を落としとる!実に嘆かわし
 いことだ。おれは若い頃、アラブとの戦争で100人は殺しと
 る!お前らの様なガキどもとは年季が違うんじゃ!』

みたいな事を言ったのではないでしょうか、たぶん。ガキどもに
古臭い勲章見せて、その後、彼らと握手してましたし・・・』

すっかり彼らの輪の中に入り溶け込んでしまった旦那さんにスッポカされた老夫婦の奥さんが、私の前の席に座り、英語で説明してくださいました。

『私たち今アメリカに住んでるんだけど、あの人はユダヤ社会の
 顔役なのよ。だからユダヤの悪評に繋がるようなことは我慢でき
 ないみたい。』

なるほど。ご立派なモンですねえ・・・って感心した1時間後に、
ワイン飲みすぎて、一番大声で騒ぎ、周りに迷惑掛けてたのは、
その顔役だった事は、世界平和のためナイショです。

悪意の読者様へ

昨日、この日記にコメントしてくれた貴方へ。


そういうことは1人で楽しんでくださいね♪
謹んで削除させていただきました♪

                カーネル3ダース



学生たちの勝利!
3月17日

プエルトナタレスの公立小中学校(又は高校まで含めた)学校の
生徒たちが、昨日、5時間に渡り校舎内に立て籠もりました。

全校生徒500人余りのうち、300人以上が参加したデモ、
抗議行動により、教職員は立ち入る事が出来ず、立ち入りを許されたのは、給食のオバちゃん達だけだったそうです。生徒たちは
校舎入り口に机や椅子等でバリケードを築き、警官、町役場職員
の説得を受け付けず、長時間シュプレヒコールを続けました。

予め予告された抗議行動であり、暴力的なものではありませんでしたが、これにより授業は終日中止。教師たちは遠巻きに眺めているしかありませんでした。

さて、この少年少女たち、何を求めてこのような事をしたかといいますと・・・。

町役場は、今から1年前に、この学校の校舎の改築を可決したにも
関わらず、今以てそれに取り掛かることもしていなかったのです。
3月になって夏休みから戻った子供たちは、この長期休みを利用して改善すると公言していた教育担当の役人に対して激しく反発、
今回の抗議行動に発展したわけです。

どれくらい、この学校が悪環境にあるか一例を挙げますと、

●給食を必要とする235人の生徒に対して、食堂は45人ずつ
 の能力しかなく、およそ5回の入れ替え制で食事をしなければな
 らない。

●30人用の教室に常に40人近くが詰め込まれ、おまけに殆ど教
 室は雨漏りが頻繁に起こる。

●廊下の床は腐食して大きな穴が2箇所あいており、そこから悪臭
 が立ち上っている。

などなど、大変な状況で勉強しているわけです。

これに対して、1年以上何もしてこなかった町行政は保護者会をも
敵に回し、今回の子供たちの行動を、多くの父兄が支持しました。
結果、行政側は今後30日以内に上記3点の問題を解決する事を
約束、その余の改善要望に付いては今後引き続き検討していくと
回答しました。(要は何もしないって事?)

一応の和解が成立した後、子供たちは各々当番を決めて、バリケードに使った机や椅子を片付け、校舎の掃除を行い、封鎖を解除しました。

その後の新聞記者に対する市長の声明が面白いです。

『我々は子供たちの脅迫じみたやり方を認めるわけにはいかない。
 ただ、改善点に関しては約束どおり30日以内に行う。
 最初から、そろそろやろうと思ってたのに、あんなムチャなこと
 をされたら、大人をなめるな、と言いたい・・・。』
 
まったく、子供をなめるな!って感じですよね。

犬、犬、犬・・・。
3月16日

以前に一度、ノラ犬に関してこの場を借りて書いた事がありますが
今回はもう少し恐ろしい話です。

パタゴニアの犬はとても凶暴です。車(黒くて回転するもの・・・タイヤ)を追いかけますし、時には人を噛むこともあります。
また、冬場には大量の捨て犬が発生する、人間の生活システムの
悪癖のために、ノラ犬の数自体も他地域に比べて遥かに多いようです。また、その自然環境から、半野生化しているものも少なくありません。

今年に入ってから、チリ領マゼラン州では65人の人(多くは子供)がノラ犬に噛まれて病院で手当てを受けました。
過去10年で同様の被害を受けた人の数は4,700人を超え、行政も
ノラ犬の取り締まりに躍起になっています。噛まれた人の中には
死亡した人も相当数おり、怪我で済んだ人の中でも、その後トラウマを持ちながら犬に怯えて暮らしている人も多いのです。

同じく、この10年間で行政に捕獲されたノラ犬は、メスが1229匹、オスが1200匹、そのうち安楽死処分を受けたものが1800匹。その捕獲、処分に要した費用は15万ドル以上。

プエルトナタレスの街中でも、早朝などに10匹単位のノラ犬が
通りでタムロしていることがあり、人が通るとゾロゾロと後ろを
付いてきたりします。はっきり言って巨体の私でも恐いです。
早朝の雨の中を、一度こいつらに付きまとわれた事がありまして、
たまたま持っていたビールの大瓶で殴りつけて逃げた事があります。(なんでビール瓶を持ってたかは深く考えないでください。)

一応、飼い犬は狂犬病注射が日本と同じように義務で、実施率も高いのですが、ノラ犬となると当然その限りではありませんから
噛まれたら『痛い』だけでは済まないケースもあります。

旅行で当地にいらっしゃる方々も、十分注意して、下手に関わらないようにお気をつけください。

『やつらは、目が合ったら付いてきます』

言葉が通じないぶん、そこらへんのお兄ちゃんより恐いです。
映画のお値段
3月14日

本日の新聞に、映画を一本見るためにどのくらいのお金がかかるか
という、面白い記事が出ていました。通貨で表すと、日本などは超一流に高くなってしまうので、1本の映画のために何分働かなければならないか、という指標です。

それによると、一番安いのがインドの16分、2番は合衆国の24分。逆に一番高いのは123分のブルガリア。
他の主要国では、イギリスで35分、日本で48分、ここチリでは
98分、お隣アルゼンチンでは35分・・・などなど。

世界平均は57分だそうです。参考までに上記以外で

平均以下なのは、アイルランド、ベルギー、ドイツ、フランス、スペインなど。
平均以上なのはイタリア、ハンガリー、メキシコ、ロシアなど
だそうです。

ここプエルトナタレスには映画館がありませんので、幾ら働いても
1本の映画も見れません・・・。
でも、ここの一般家庭、そんなに裕福でなくても、必ずと言っていいほど、自宅に大型テレビと、DVD などのAV機器を持っています。

これら、他の地域では贅沢品と思えるようなものが、実はここでは
生活必需品。もうすぐ、パタゴニアの観光シーズンが終わります。
プエルトナタレスの人々は、これから始まる、仕事も娯楽もない、長い長い冬を自宅で過ごすのです。外界との唯一の接触手段はテレビとインターネット。彼らにとっては、冬を正気で生き延びるための必需品なんですね。

日に日に寒さが募り、布団から出るのがイヤな季節になってきました。秋を飛び越えて、冬はもう、すぐそこです。
カジノでブラックジャック!
3月12日

プエルトナタレスは、人口2万人弱の小さな町、または村です。
でも町の中に、それも中心街から程近いところにカジノがあります。取り立ててギャンブルが好きなわけでもありませんが、誘われれば何処でも付いて行く私、行ってきました。

2ドル弱の入場料を払って中に入ると、ガラーンとしたフロアに
まばらに人の姿があるだけ。半分以上はスロットマシンです。
機械にもて遊ばれるのは趣味じゃない私は、迷わず1台しか置いていないルーレットと、2卓しかないカード台の方へ向かいました。

まずはルーレット。30ドル程度をコインに変え、賭けます。
ディーラーは蝶ネクタイのおじさんですが、余り腕は良くなさそうです。1時間ぐらい遊んで結局収支はトントン。

気分転換に2階のバーでロン(お酒)を注文して、ではでは、と飲みながらカード卓を物色。ポーカー卓の方がブラックジャック卓より客の付きは良いご様子。それもそのはず、ポーカー卓のディーラーは若いお姉ちゃん。ブラックジャックは若くないお姉ちゃん!

私だってポーカー卓の方が勿論いいけど、なかなか席が空きそうにありません。仕方なく、若くないお姉ちゃん(40歳位?)の方に一杯ご馳走して勝負開始!この若くないお姉ちゃん、メチャクチャ腕が良いらしく、遊ばせてくれます。もしかして私って才能あるかも!って思えるくらい。30分ほどで投資の10倍くらい稼がせていただいて、ホクホク♪ 

と、チャイムが鳴り、何かと思っていると、ポーカー卓とブラックジャック卓のお姉ちゃんがポジションチェンジ!

ますますツイてる♪ 今日の私は絶好調♪ 

と思いきや、このお姉ちゃんメチャクチャ渋い。常識では考えられないような事ばっかりやってくれる!だいたい、ブラックジャック
が3回続くなんてありかよ!ここで、私、落ち着くためにバーに戻り、オカワリのロン。戻って、そう言えば、この若いお姉ちゃんにご馳走してない事に気づいて、あわてて一杯。
お姉ちゃん、感情のこもらない声で『ありがとう』と一言だけ。
愛想もクソもありゃしない!
結局その後も振るわず、午前4時の閉店時間にはスッテンテン。

意気消沈して、店を出る時に例の『若くない方のお姉ちゃん』が送ってくれて

『ごちそうさま。ポーカーの方に来ればよかったのに・・・』

って、優しく仰ってくださいました。

『うん・・・ごめんね・・・見掛けで判断しちゃった・・・。
 やっぱ、経験豊富なお姉さまに優しく包まれたい♪』

って、節操なく改心したのでした・・・。

嫌われる旅行者様
3月11日

どこの世界にも嫌われ者の旅行者様というのはいらっしゃるもので、ここパタゴニアでも業者泣かせの旅行者様というのは多いんです。個人的には旅行者を国籍で括るのは好きではないんですが、
ここの人たちは兎角、日本人旅行者、アメリカ人旅行者、という風に括りたがるんですね。

さて、彼ら曰く、一番の困ったチャンは『イスラエル人』旅行者だとか。自分の思い通りにならないとなるまでテコでも動こうとしないらしい。例えばツアー中に含まれる食事で、気に入らないものが出ると、セットメニューにも関わらず、変えてくれるまで抗議する、どうしても変えてもらえないとその料理単品の値段分の返金を
要求するとか、なかなかのジャイアンぶり・・・。
また、正午のサイレンが鳴ると、食事中でもなんでもテーブル、机の下に潜り込むとか・・・(こちらの方は笑い事ではありませんね。戦争の悲しいサガです。)

次に不人気なのが現地チリ人。とにかく事情を知っている分、勝手な事を言って困らせるといいます。1日前に言って、ホテルの予約が取れないことを怒るとか、ツアーでもチリ人(現地人)料金は無いのか!と言って値引きを迫るとか・・・。

それに対して、現地に評判がいいのはヨーロッパラテン系(フランス、スペイン、イタリア人)と我等、日本人。ラテン系ヨーロッパ人は、その殆どが流暢ではなくてもスペイン語を話して意思疎通が
しやすいというのが一番の理由。

一方、日本人の場合は、とにかくいつもニコニコしている。
また、他人の話を、言葉の問題で分からなくても、必死に聞いてくれる、又は聞いている振りをしてくれる、からだそうです。
日本人は決して、旅行先の国の人に対して声を荒げたり、手を上げたりせず、紳士淑女が多いというのがこちらの評判です。
(私がその評判を崩しているのではないかと不安ですが・・・)
ただ、一つだけ日本人旅行者に対して苦言があるとすれば、それは・・・

『お酒の飲み方を弁えて欲しい』 

ことだとか。食事にアルコールが付いてくるのは、ここでは一般的なわけですが、どうも日本人はお酒になるとマナーも何も無い。
公衆の面前で酔っぱらうまで飲むのは、こちらの人には理解できないのです。増してや通りを千鳥足で歩くなどもっての外。

日本では『お酒の上の事だから』という文化がありますが、こちらでそれは許されない事(何よりもご自身が危険です)であると
認識して、皆様もご自重下さいますようお願い申し上げます。

ただ、これを私に語ってくれたのは、普段から私と親しいガイド氏で、彼の中の日本人像の約半分は私の事だと思います。

彼によると私は、バーで明け方まで飲んだ後、なぜか礼儀正しく
きちんと揃えた一足の靴を残して、気温5℃の中を裸足で帰宅した事があるとか・・・。

どうせ、こっちが覚えてないと思って、作り事言ってるんでしょうけど・・・。



もう一匹いた!
3月10日

先日お伝えしましたとおり、プンタアレナス空港でのピューマ捕獲作戦は成功に終わり、メスのピューマ1頭が捕獲されました。
これで、やれやれ、空港の安全は確保されたと思いきや、なんと!
もう一匹いるらしいという話が持ち上がり、世間を騒がせております。今度はより凶暴なオス。専門家によると、先頃捕獲されたメスの連れ合いではないかと見られています。

連れ合いの姿が見えなくなって、心配で森から出てきたのではないかとも言われており、町では評判になっているとか。空港関係者に
してみれば旅客の安全はもちろんですが、航空機の安全にも支障をきたす恐れがあるとして、捕獲作戦に躍起です。

但し、ピューマはその個体数も少なく、条例で保護されているため
見つけ次第射殺という訳にも行きません。そこで、今回は前回捕獲したメスの匂いでおびき寄せ捕獲しようという計画のようです。

当然、こうした科学的な試みには反対の方々もいらっしゃるわけで
何を隠そう私もその1人なわけですが、

『連れ合いが心配で、安全な場所から危険な人里に降りてきた彼の
 行動は、同じ男性として良く分かるような、分からんような複雑 な気持ちです・・・』

地元でも、いなくなるまで放って置けばいいという意見もあり、捕獲関係者の間でも意見は統一されていないようです。

さてさて、そうやって、オスが一途に連れ合いを捜し求めてさまよっている頃、3日前に捕獲されたメスはというと・・・。

一時的に引き取られた山奥の牧場で、なんと、前からそこにいた
オス・ピューマとお見合い中なのでした・・・。

あ~~ぁ・・・なんか男辞めたくなってきました・・・。

パイネ山火事最終報告
3月9日

2月17日に発生したパイネ国立公園の山火事は3週間を経て、ようやく鎮火の目途が立ったようです。現在、広大な焼失地域の地中を含めて、火種の消し残しがないか、300人体制で最後の調査・処理をしているところです。今後、数週間の調査を経て消防隊も
各任地へ帰還の予定です。

さて、今現在、各、政府・非政府団体が被害状況、森林再建計画について、検証を行っていますが、そんな高尚なものではありませんが、今回の山火事を私なりに総括してみますので、ご興味のある方はお読みください。

【-原因- チェコ人ハイキング客による調理時の失火】

もちろん第一義的に彼の責任は明白です。罰を受けて然るべきかと
思います。但し、出火後の管理団体(conaf)への通報は速やかに済まされており、且つ彼は逮捕された後、チリの法律に定める規定の
罰金(200ドル程度)を支払い、帰国しております。
今回の惨事は、誰もが原因となった可能性はあるわけで、そのことは地元の人々も理解しており、彼に対する理不尽な非難は聞かれません。ただ、200ドルの罰金で済んでしまう、自分達の法体制の
脆弱さを反省し、見直しが必要との声が上がっております。

【-火災拡大過程- 管理団体(conaf)の危機管理体制】

今回の山火事では、火災発生後48時間が勝負であったと言われています。48時間経過して約300ヘクタールが焼失した時点で、管理団体(conaf)は遠くの自国の消防隊よりも近くの他国(アルゼンチン)の消防隊の援助を受け入れるべきでした。火災発生後24時間後にはアルゼンチン(リオ・トゥルビオ)の消防隊から援助の
申し出がありながら、自国部隊の到着を待ってしまったわけです。
また、消火用航空機の投入もこの時点で行うべきでした。
結果、多寡をくくり、そのどちらも見送ってしまったために、発生から3日目以降7日目までに実に5000ヘクタールを焼失する結果となりました。
管理団体(conaf)は毎日、公園内の風力、風向き、湿度等を観測し
火災注意報を自ら出しておきながら、文字通りその『風力』を過小評価し今回の惨事の拡大を招きました。その行動に国民から非難の声が集中したのは当然と言えます。

【被害報告 - 植生、動物- 】

結果、3週間にわたる延焼で、焼失した総面積は15,000ヘクタールを超え(国立公園11,000ヘクタール余、近隣私有地
4,000ヘクタール余)、その植生の完全回復には2世紀を要するとの調査結果が報告されています。
また、グアナコ、キツネ、鳥類など動物に関しても相当数の死亡が
報告されていますが、こちらは春の出産、子育ての時期を外れていた事から、壊滅的な打撃には至りませんでした。
但し、今後、植物を主食としていた彼らが新たな居住地を見つけ
繁殖していくまでに、また相当数が命を落とすものと見られています。

【被害報告 - 観光客- 】

今回の火事により、実質1日半の間、公園が閉鎖されました。
この時に公園内にいた観光客の数はおよそ2000人と推定され
その半数が急遽公園外に退去を余儀なくされ、また、その日公園に向かった凡そ400人の方が入場することなく引き返さざるを得ませんでした。火災が人間の居住地区に迫ったため、また観光車両が消火活動の妨げとなる可能性が高かったためです。この期間にご旅行中だった方は、誠にお気の毒でした。
その後、1日半で閉鎖は解除されましたが、公園内は煙が立ち込め
非常に視界の悪い状態が続きました。
この間、火災は折からの強風(130km/h)により2000ヘクタールから、僅か3日間で8000ヘクタールまで拡大し、600人体制の消防隊は、一時消火を断念、ひたすら降雨を待ち望む雰囲気が漂いました。

また、例年3月中旬過ぎまで観光客で賑わうパイネ国立公園も、今年は2月20日前後を境にその数が激減、3月初旬の今では、もう殆ど今シーズンは終了したかのような寂寥感が近隣集落に漂っています。

【今後への展望 - 行政による管理体制の強化-】

管理団体によると、差し当たり来年度以降も公園入園者数の制限等は行わない予定ですが(現状、年間およそ10万人の観光客が訪れています。)監視事務所の増設、トレッキングルートの整備、
入場者の行動予定の管理強化などが予定されているようです。
多くはこれから決まっていく事ですが、来年度以降、公園観光が
若干様変わりしたものとなるかもしれません。

そんな中、唯一明るい話題は、原因を作ってしまった青年の国の
政府(チェコ政府)が、植林、森林回復のための援助を申し出ていること。これには現地の人も感謝しているようです。

もし、万が一、ホントに万が一ですが、不運にも私が原因を作ってしまったとしたら、わが母国の政府は何かしてくれると信じていいのでしょうか?(無理かな?今、日本に税金払ってないし・・・)

以上、一連の山火事に関する私なりの最終報告でした。
なんか変だぞ?
3月8日

3月に入った途端に、2月までとは打って変わって晴れ間が少なく
なってきている、ここパタゴニア。余りの劇的な変わり様に驚いています。ここ数日は雨ばかり・・・。おかげでパイネの山火事も
ほとんど消えて一安心なんですが。

さて、今まで余り雨が無かったので、気が付かなかったことが1つあります。昨日、雨の中を『すぐ近くだから』ってことで所用を足しに出掛けました。結構な降り方だったのですが、誰もカサを差していません。グルッと見渡す限り、カサの花が一つも咲いていません。みんな、ジャケットの襟を立てたりしただけで普通に歩いてます。よく見ると、かなりびしょぬれになっている人もいます。

用務先に着いてそのことを話したら、

『私も見たことないわね、ここの人が傘差してるところ。』

とのこと。

そうなんです。ここの人は傘、使わないんです。
それ以前に、傘を売ってるところがないんです。町中どこを探しても!
以前に住んでいたサンチアゴでは、雨が降ると何処からか
傘売り行商人がやって来て、道端でそれを売り始める光景が普通で
それを最初に見た時も驚きましたが、今回の驚きはそれ以上です!
傘、売ってないんです。どこにも。

理由を聞いても、だれも正確なところは知らないようです。

『いつも風が強いから傘は役に立たない』

というのが、一番説得力があるような理由に思えますが、それでも
全く、1人も差していないというのは、ちょっと異様な光景です。

なんでも追求したがる好奇心旺盛な私は、こんな時の定番、村の長老を訪ねてみることにしました。知り合いの70歳の只のジジイですが。

彼によると、彼も生まれてから今まで傘を使った事はないということで、それを疑問に思ったこともない、との返答。
ただ、4,5年前に、行政がこの地に傘を根付かせようとした事は
あったらしい。ちょうどオゾンホール、酸性雨が騒がれてた頃ですね。パタゴニア地方はこのオゾンホール、酸性雨の直撃を受けてますから。
その試みが失敗してからは、行政も保健省も諦めて、せめて雨の時にはフード付き雨合羽を着用しましょう!と広報しているようです。

そして、旺盛な好奇心と同時に、天性の天邪鬼根性を持ち合わせた私、サンチアゴから持ってきた傘を差して町に出てみる事にしました。私の身体に似合った、2人くらい入れるほどの大きめな傘です。風はありましたが、飛ばされるほどではありません。

私が1人だけ大きな傘を差していても、誰も気にも留めない様子。
みんな足早に歩いて行きます。

『なんだ、やっぱりここの人は傘に興味ないんだ・・・』

と、思った矢先、信号待ちで止まったら、横から小学生くらいの
子供が2人近づいてきました。さり気なく、傘の範囲に入ろうとします・・・。こちらも、負けずに彼らから遠ざけるように傘を傾けます。

『・・・・・・・・・』

無言の攻防がしばらく続いた後、笑いながら彼らの方に差しかけてやると、安心したように傘の中に入ってきました。

なんだ、彼らもやっぱり欲しいんじゃないか!





ピューマ捕獲作戦
3月7日

昨日日曜日、平和なプンタアレナスの町で1匹のピューマが捕獲されました。メスで体重は60キロ前後とのことですから、もう立派な大人のピューマです。

プンタアレナスの空港での大捕り物は3時間に及び、最終的には捕獲チームの仕掛けた罠に、お腹をすかした彼女は引っ掛かり、
めでたく捕獲されました。空港の利用客もまさか人間の居住地域にピューマが近づくことなど考えてもおらず、さぞ驚かれた事でしょう。通常、ピューマは森林の奥や高山の岩場に住んでおり、その上
夜行性であることから、人の前にその姿を現すことは滅多にないのです。今回のパイネ国立公園の山火事で住処を追われたのか、或いは何処かのペットが逃げ出したものなのか、どこから来たのかは分かりませんが、動物保護団体の手でパタゴニアの奥地に送り返されるとのことです。

その捕り物があった同じ頃、プンタアレナスの町、と言っても繁華街ではなく住宅街ですが、その一角で迷子のペンギンが発見されました。発見者によると、子供が家の外でキャーキャー騒いでいるので何事かとドアを開けてみると、子供とペンギンが並んで入って来たとのこと。こちらの方も、さぞ驚かれた事でしょう。

3月のこの時期になりますと、繁殖を終えたペンギンたちが続々と
オトウェイ湾のコロニーから巣立っていきますが、そのコロニーと町の間には、60kmもの道路があるのです。あのヨチヨチ歩きで
よく車に撥ねられる事もなく、よくぞ町まで来れたものだと感心した貴方、その想像力、素敵です。実際には海で繋がっており大した
距離ではないのですが、よくもまあ、物怖じせずに人の前まで来たものです。

このペンギンくん、コロニーの人に迎えに来てもらって、めでたく
コロニーへ帰ることが出来ました。

さて、2件続けて発生した動物事件。これは当然3匹目に期待が高まりますよね。

やっぱりいました、3匹目!

昨夜、午前1時頃、プエルトナタレスの町の目抜き通りを大トラが
2匹、大声で吠えながら怪しい足取りで徘徊していたそうです。
この2匹、未だに捕獲されてはいません。

そのうちの一匹は、そう、今、これを書いています・・・。

世界で一番安い町、高い町
3月6日

本日の新聞に、オトナリのアルゼンチンの首都ブエノスアイレスが
世界で一番物価の安い町の一つとして紹介されました。

それによると、ブエノスアイレスはボンベイ(インド)、キエフ(ウクライナ)、ブカレスト(ルーマニア)、ソフィア(ブルガリア)などと並んで、アメリカドルベースで最も物価の安い町という
ことです。

それに対して最も物価の高い町、ニューヨーク(USA)、チューリッヒ(スイス)コペンハーゲン(デンマーク)ロンドン(イギリス)
となっています。

これを見て、『あれっ?東京がない!』って思われる方、多いと思います。私も思いました。
実際には、世界で物価の最も高い町のトップ3は東京(日本)
香港(中国)、オスロ(ノルウェー)なのですが、今回の統計では
住居費(賃貸)が含まれていないので、東京はトップ5にも入っていないわけです。

さて、アルゼンチンと言えば、今回の経済破綻以前には、世界で7番目のお金持ちな国。ヨーロッパの文化文物を導入し、インフラも
先進国並みに整ったこの国の首都が、インド!!(インドを馬鹿にしてるわけではありません。)と同じ物価だというのです!
世界中から観光客が集まっているのが頷けますね。

でも、私もアルゼンチンに一時期住んでいたので存じ上げておりますが、彼らはヨーロッパ人の気位の高さを持っています。チリには
負けたくないというプライドもあり、現在のようにチリ人が買い物に大挙訪れていることを決して喜んではいません。

もともとの国力は高い国ですから、彼らが再び世界有数の経済を立て直すまでに、20年も30年も掛かるとは思えません。
それまでの間、外国人観光客にとってはアルゼンチンは世界で最も旅行しやすい国と言えるでしょう。



1日だけパパ!
3月5日

昨日のこと。
普段仲良くしている友人のところで昼ごはんをご馳走になり、午後の無駄話に花を咲かせていました(もちろん仕事関係の話です!)

その友人、奥さんとは別れてしまって4歳の息子を1人で育てているんですが、その子のお迎えに行こうとした矢先に急な仕事が入って行けなくなりました。私、カーネルもその子(ディエゴ)とは
顔見知りでしたので、頼まれて私がお迎えに行きました。
(会社には内緒です!仕事時間中にガキの相手してたなんてバレた らただじゃ済みません!)

5分前に幼稚園に着いてディエゴを待っていると、周りの視線が痛いんです・・・。でっかい体格のサングラスした東洋人が、子供が
出てくるのを待っているんですから、ママたちの気持ちも分からないではありませんが・・・。

ドアが開いて、ちっこいのがワラワラウジャウジャ出て来た時は
ちょっと怯みました。実は私は子供の相手が少し、というかかなり
苦手。嫌いなわけじゃないけど、なんかいつも泣かれてしまうので
ついつい避けてしまうんです。(これでも最初の頃は優しい目をしようと努力した事もあるんですが、今では諦めました)

それでも懐いてくれたディエゴは特別。私を恐がったのは最初の5分だけでした。その後は、私の仕事の書類に落書きするわ、私の飲んでるビールぶちまけるわ、やりたい放題でした。

でも、そのディエゴ、なかなか出てきません。『変だなあ』と思いながら待っている内に、私と同じくらいの歳のママさんと2人だけになってしまいました。
『遅いですねぇ、何やってるんでしょうねぇ・・・』って話してる
間に、先生(保母さん?)が出てきて、
『ディエゴ君とへルマン君のパパとママですね?』
説明するのも面倒なので『ハイ』

『ちょっと来て頂けますか?』
『ハイ・・・』
『実は、ディエゴ君がヘルマン君を・・・・』
『ハッ?【うちの】ディエゴが何か?!』

『実は、その・・・みんなの前でヘルマン君のパンツ脱がしちゃっ たんです・・・』
『それでヘルマン君とケンカになっちゃって・・・』

行ってみると、確かに【うちの】ディエゴ君とヘルマン君が2人とも泣いてます・・・。先生によると【うちの】ディエゴ君は謝ろうとしないらしい。

ヘルマン君のママが刺すような視線を向けてきます。

『お宅ではどうゆう教育をなさっているのかしら?子供とはいえ
 人間の尊厳が、なんとかかんとか・・・』

興奮してて早口なので、ママさんの言ってる事よく分かりません。

私『でも、子供同士のケンカですから・・・』

ママさん『でも、して良いことと悪い事がありますでしょう?ナン     とかカンとか・・・・』

先生『まあまあ、今日は2人とも御家に帰って・・・』

ママさん『なんとかかんとか、ナントカカントカ・・・』

いい加減に疲れてきた私、

『分かりました。お詫びに私がパンツ脱げばご満足ですか!?』

向こうが言葉を失った隙に、ディエゴを連れて退散したのでした。
(脱ぎなさい!って言われなくてよかったぁ~)

ディエゴ、ごめん。
やっぱり、父親のかわりには、なれそうもないよ・・・。



パイネ国立公園・山火事続報2
3月3日

2月17日に出火したパイネの山火事ですが、2週間を経過した
本日現在、未だに燃え続けております。但し、消防隊も通常の観光ルートだけは確保する事に全力を挙げていることもあり、現在のところ通常観光には危険箇所はありません。
今も、公園の北部で600人体制での闘いが続いています。

本日初めて地元の新聞で、その消防隊の活動内容が紹介されました。それによりますと、延焼箇所の周囲の土を掘り返して深さ50cm程度の側溝を作り、地中を熱が伝わらないようにした上で
燃え盛っている部分の消火を行っているとの事。ただ、その作業を
行っている間に風で別の場所に飛び火してしまい、消防隊はそちらの対応に追われるという状態のようです。こんな感じの戦線がまだ
8箇所残っており、そのうちの一箇所では未だに火の手が上がっている状態です。

既に2週間が経過し、最前線にいる兵士、消防士の士気を維持するのが困難になってきている中、サンチアゴから政治家団体、火事の原因となってしまった青年の母国、チェコなどからも調査団が現地入りし、被害状況の把握、森林再建の見積などで、彼らの邪魔をしているようです。

3月に入り、ここパイネ地方も天候が愚図つく事が多くなってきました。今日も朝から雨模様。この状況でしたら、完全消火も間もなくではないかと思われますが、それにしても、人の力のなんと小さき事か。結局、雨を待つしかないのです。

携帯電話サギ
3月2日

どこの世界にも悪い事を考える奴はいるもので・・・。
今日は携帯電話サギのお話です。

チリの携帯電話普及率は近年急速に伸びていて、日本と同じように
子供でも持ち歩く時代になってきました。でもまだまだ高価な物には変わりありません。私なんかは出来る事なら持ちたくないと常々
思っているんですが、会社はそれを許してくれません。
何故ってあれは、私の安息の時間でさえピーピーピーピー。
そう、個室で一人頑張っている時に限って鳴るんです。
そんで仕方なく出れば『どうしたの?声に元気ないね・・・・』
って、こっちはそれどころじゃないんです!

脱線しました・・・。

さて、最近はパタゴニアでもどこでも町の中であれば携帯の通話状況は割りと良好。日本と同じでプリペイド式の携帯も普及してます。それを利用したサギの内容は以下の通り。

1.携帯に電話が掛かってきます。相手は電話会社の人間を名乗り
  ます。

2.あなたが電話会社のプロモーション企画の抽選に当選しまし
  た、と思わせぶりに言います。

3.すぐにプリペイドカードを幾ら幾ら以上買って、その登録番号
  によって当選商品が変わります。一等は4WDの新車です!
  というような事を言われ、被害者は言われるままにカードを買
  いに走ります。

4.カードに書いてある登録番号を指定の電話番号に連絡すると
  めでたくまんまと犯人に無料カードを進呈した事になります。

一人で1000ドル以上も買った可哀想な方もいらっしゃるとかで
マゼラン州では社会問題になってます。

なぜ今日はこんな話を書いたかといいますと、私、掛かってきたんです、今日、これ。つい1週間前に携帯電話をプリペイド式に買い換えたばかりなんですが、どこで番号調べたのか・・・。

礼儀正しい喋り方をする男性でした。
ただ、彼の失敗は、私の置かれている状況を把握していなかった事。(把握されててもイヤですが・・・)

私の返答は

『いや、今欲しいのは車よりも、その、紙なんだけど・・・』

彼も運がなかったですよね。逆に私は運に味方されたわけで・・。



お食事中の方、大変失礼致しました。
火事がいっぱい!
3月1日

先日のパイネ国立公園の火事を筆頭に、ここパタゴニアでは最近
火事のニュースばっかりです。昨日も羊毛工場が全焼しましたし
その前日は、民家全焼・・・。フエゴ島でも小規模な山火事があったようですし。それだけ火事の発生しやすい環境にあるのですね。
乾燥と強風注意報が毎日のようにセットで出されそうなところです。そして一度火が上がってしまうと、燃えるものが無くなるまでなかなか消すのは難しいようです。(全焼ケースがほとんど)

チリでは(私の記憶ではアルゼンチンも)消防隊というのは民間の
ボランティア団体なんですよね。日本の様に行政により高度に組織化された団体ではないんです。隊員はみんな他に本業を持ちながら
有事に駆り出される事を厭わない、勇敢で自己犠牲の精神に富んだ
人たちな訳です。そのため、人々の尊敬を集め、消防隊の募金活動
などに協力しない人って見たことがありません。また、同僚の話によると、ヒッチハイクも消防隊のカッコしてたら上手くいくようです。(もしかしたらナンパなんかも???)

ところで、話をパイネの山火事に戻しますが、実はまだ完全に消えていません。今でも公園の北の方で燃え続けてます。にも拘らず、
昨日(2月末日)付けで、全体の1割程度に当たる消防隊員が3月以降の協力契約を更新しない事を通達し、荷物を纏めて引揚げてしまいました。その理由は、

1.食事も満足に与えられない状態でどうやって命懸けになれるの  か。何でも現場で支給される食事は相当に粗末らしいです。

2.活動中の消防隊員に着替えや差し入れを持参した家族を公園管
  理者が面会もさせずに追い返した。

3.公園管理者側(この場合はCONAFという団体)はボランティア  の消防士が夜でも交代で活動しているというのに、彼らは定時
  になると自宅に帰る。

以上の3点。

ちょっとにわかには信じがたい話です。自分から頼んで来てもらっているにしては、余りにまずい対応ですよね。

この管理団体、これ以外にも信じられない事いっぱいやってくれてます。

発生から12日が経つ今日になって初めて、消火剤散布のために
航空機を派遣するとか・・・。なんでもその飛行機は第2次世界大戦当時の航空機で、整備に時間が掛かり・・・整備も終わって、
『さあ、いざ出発!』って段階になってからそんな飛行機を飛ばせるパイロットがいないことが発覚して、急遽カナダから呼び寄せたそうです・・・。 

どうも彼ら、まじめに消す気があるのかどうか?です。
一方で消火にこれだけ手こずっているのは、国が団体に十分な予算を回してくれないからだ!と仰っているとか・・・。

そんな事は消してから言ってくれ!って感じなんですが。
これがラテンの国って事なんですかねえ。

というわけで、パイネの山火事消火、もうちょっと時間が掛かりそうです・・・。旅行者の方はお気をつけください。
馴染みの店
2月28日

私もここに駐在を始めて、早いもので既に3月にもなります。
貧しい食生活に耐え続けているにも拘らず体重が落ちる事もなく
改めて何でも栄養にしてしまう、高い順応能力を持った自分の身体を恨めしく思っております。

この3ヶ月のあいだ、週に2回は通い続けた村の食堂があります。
いいえ、レストランなんて洒落たものじゃありません。10席くらいしかない、ホントの大衆食堂です。いつも地元の人で賑わってます。食堂の名前は『カルロスおじさんのごった煮』とでも訳せばいいのでしょうか?

ここ、最初は胡散臭い東洋人(私)に対してけんもほろろだったんです。肉の焼き方を尋ねられて、ちょっとレアにしてって言ったら
殆ど火の通ってない生肉が出てきて、もっとしっかり焼いて!って
言ったらカリカリになるまで焼いて出されたり・・・。
そんなことをされている内に、私の中のモンゴロイドの暑い血潮が疼きだしまして、ついついむきになって通い詰めたんです。

今ではメニューにない物を注文して他の客(地元民)から『あの人と同じものが欲しい』って言われるほどになりました。
注文する飲み物は決まって、ピスコ(焼酎系)とビール。
これも、最初の頃はピスコのコーラ割りしか出来ないって言うんで
わざとピスコとコーラを別々に持って来させて、コーラの方を飲まずに持ち帰ったりしてたんです。
そのうち、コップに一杯のピスコを出すようになって、生地で飲んだりもしましたが、今では、ピスコのビール割り(ビー酎)が定番!店に行くと、ビール一缶とピスコが出てくるようになりました。ここに至るまで3ヶ月。

今は、この意地悪なカルロス親父に、なんとか『カツどん』を覚えさせようと企んでます。材料は大体揃うんですね。コメだけはパサパサで仕方ないですが、それ以外はカツも玉ねぎも卵もありますから。私以外には絶対注文しないと思いますが、カルロス親父だまくらかして何とか作らせようと思ってます。

えっ?材料あるなら自分で作れって?

やだ!料理きらいだもん・・・。食べる専門♪
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