南の果て、野菜不足と戦う毎日。 羊のバーベキューに舌鼓を打ちながらも ふとした拍子に思い出すケンタッキーフライドチキンの味…。ああ、望郷。
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お別れです
4月15日

パタゴニア地方は今、急速に冬の装いを深めています。
風も冷たくなり、これから長い冬が始まろうとしています。
私も冬籠りの季節を迎えました。(クマみたいですね。)

3ヶ月程度の短い期間でしたが、私の拙い日記を毎日のように
読んで下さった方もいらっしゃると聞き、感謝に堪えません。

日本では極端に情報の少ないパタゴニア、幸運にもここに住む機会に恵まれた私に出来る、せめてものパタゴニア広報活動の積りで書かせていただきましたが、いつも 『こんなものでいいのか?』 『自己満足じゃないのか?』という疑問に苛まれながらでした。

この日記が、これからパタゴニアを目指す方々の一助に
(あんまりならないような気がする・・・)、
パタゴニアから戻られた方々の話の種に
(笑い話以外では使えないかも・・・)
でもなれば、これに勝る光栄はございません。

今後、不定期にパタゴニア関連の情報が掲載される事になるかと思いますが、とりあえず私『カーネル』としては皆様にさよならを言います。またどこかでお目にかかることもあるかもしれませんが、その時はおそらく別の顔、別の名前でしょう。

最後に、
日記の題材を日々提供してくださった現地の皆様、
お付き合いくださった読者の皆様、
パタゴニア駐在の機会を与えてくれた会社、
気持ちよく送り出してくれた同僚、友人たち、
とりわけ・・・いえ、皆様に感謝申し上げます。



1年中が観光シーズンのイースター島の私の同僚が書いております姉妹日記『イースター島ドタバタ日記』

http://blog4.fc2.com/rapanui/ 

を、今後とも宜しくお願い致します。


4月15日   
                    カーネル3ダース 拝
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散り際の輝き
4月14日

花火は散り際が一番美しいと言われます。
ラストスパートという言葉もあります。

プエルトナタレスも今、おそらく今シーズン最後の賑わいを
見せています。私の宿所も、ここ2週間以上、死んだように
静かでしたが、昨日、今日と、連日満員御礼です。

ここ数日、気温は低いですが、気持ちの良い快晴が続いている
ことで、近隣の都市から、パイネを目指した人が流れ込んだようです。

この分ならパイネは来期も大丈夫。今シーズンは山火事に祟られ
尻切れトンボみたいにシーズンが沈静化してしまいましたが、
来期はまた、多くの人で賑わう事でしょう。春までしばしのお別れですね。

では、親愛なるパイネ様。

 おやすみなさい。
 春にはまた、多くの人を楽しませてあげてください。

パイネの返事。

『冬の観光もあるぜよぉ~!』


昔見た映画の話です。
4月14日

その日は、12月のクリスマスの2日前、暖かい日でした。
老婆は、外国から来たその男に向かってポツリと言いました。

『うちの息子がね、もう30歳になるんだけれども、今シーズンが
 終ったらこの田舎を捨てて、町へ出て働くっていうんだよ。』

こう言って、知り合ったばかりの外国人に語る彼女は、観光地で
民宿のような宿屋を経営する、67歳のご婦人です。ご主人が昨年
亡くなってからは、30歳の息子さんが力仕事、ご本人が宿泊客の食事の世話や、掃除などをして、2人でその宿をやっていました。

割と評判の良い民宿で、夏の観光シーズンには、結構流行っていたようです。男がその老婆と知り合ったのは、ほんのチョットした偶然からでした。

ある日の夕暮れ時、スーパーで買い物を済ませた彼女が、程近い自宅兼民宿に帰ろうとして歩いていると、突然、スーパーの袋が破れてリンゴやらパンやらが散乱してしまいました。男は特別、気にもせずにリンゴを拾い集め、スーパーに戻って代えの袋を貰ってきました。老婆は男の予想以上の感謝をし、『すぐ近くだから、是非
コーヒーでも飲んでってくれ』といって、半ば無理やり、男を自宅に連れ帰りました。

男はそこで、その老婆の生活、上述の息子さんの事などを聞かされ
た訳ですが、正直な話、その時点で男は『迷惑だな。早く帰りたいな』くらいの感覚しか持ち合わせない、冷たい男だったのです。

そんな男に、老婆は飽きもせずに語り続けます。

『あんたもうちの息子と同じくらいの歳だけど、やっぱり都会の方
 がいいかい?田舎はダメかねぇ。』

『こんなところに来て、お母さんは何て言ってるの?反対しなかっ
 たかい?』

などなど、その男の事情を根掘り葉掘り聞いた後、

『もいっぱい飲むかい、コーヒー?』

男は冗談半分に、

『できればビールの方が・・・』

老婆は笑いながら冷蔵庫から瓶ビールを出して注いでくれたのです。きっと、彼女の息子さんのために買ってあったビールでしょう。よく冷えていました。

結局ビールを2本もご馳走になり、彼女の息子さんが帰ってくるまで2時間以上に渡って、息子さんの話を中心に聞かされたのでした。彼女が結論としてその男に語ったのは、

『今、息子が出て行ったら、もう二度と会えないかも知れないよ
 ね。民宿閉めるのも残念だけど、私も歳だから、息子に会えなく
 なるのが辛いんだよ。』

『でもねぇ、それでも行くなとは言えないんだよね。そんな事言っ
 たら死んだじい様に怒られるしね。この子は男の子だ!ってのが
 じい様の口癖だったからね。』

そして最後に

『あんたのお母さんもきっとおんなじ気持ちだよ。だからさ、あん
 たのやる事が終わったら、必ずお母さんのところへ帰りなよ。』

男がその老婆と話したのは、それが最初で最後でした。
彼女の息子さんとは、その時一度挨拶を交わしただけ。

そして、その老婆は冬を迎える前に旅立ちました。
知っていたのでしょうか。たぶんそうなのでしょう。

男は風の噂で、その老婆が長い旅に出た事を知りました。
そして、彼女の民宿の前を通り過ぎるたびに、あの息子さんの
姿を探すようになりました。

男は今でも、あの息子さんは間に合ったのだと信じて疑いません。
いえ、間に合ったのは、あのお婆さんの方かも。

長い冬がやってきます。


と、いうのがその映画のあらすじです。
よく覚えてるモンですね。ずいぶん昔見た映画なのに。
まるで昨日の事のようです。
生活を賭けたババ抜き
4月14日

今、ババ抜きがマイ・ブームです。
と言っても、トランプで遊んでるわけではありません。

今、世界中で騒がれていると思うんですが、例の100米ドルの
偽札。チリ第12州(マゼラン州)で、銀行がこれら疑わしい番号の100米ドル、50米ドル紙幣を受けとらなくても良い、という
条例を作りました。ここ、プエルトナタレスでも多くの外国人観光客が米ドルを両替していますが、一番困っているのはその両替商の
方たち。1週間分のドル紙幣を金庫に保管してあった両替商などは
調べてみたら、その番号が出てくるわ出てくるわ・・・。
決して偽札と断定されているわけではないんですが、疑わしい番号を持っているというだけで、銀行からは受け取り拒否されるわけです。ひどい話です。

そしてそして・・・彼らの次に困っているのが『私』なんです。

実は・・・持ってるんですね、この番号・・・2枚も・・・。
私が持ってる5枚の100米ドル紙幣のうち2枚がそれなんです。
どこから入ってきた米ドルか分からないのでは、渡した人にクレームも出来ない・・・。

『う~ん。これはいかん。』

ということで早速、このババを引いてくれる人を探しに、町の両替屋にお出掛けです。(人の迷惑は考えない自分勝手な奴なのです)

1件目。疑わしい番号のうち1枚を出して両替をお願いしました。

店員 『申し訳ありませんが、この紙幣は受け取れません。』
私  『えっ?どうして?(わざとらしく)』
店員 『新聞をお読みではないですか?』
私  『はぁ、日本人でスペイン語分からないので。』
店員 『カクカクシカジカの理由で。』
私  『ひどい話ですねぇ。(知ってたけど)』


めげずに2件目。やっぱりズバッ!とこれだけ1枚出すのはマズイなと考えて、今度は他の問題ない番号の1枚と混ぜて、2枚で出しました。

店員 『はい、200ドルですね。お待ちください。』
計算機『カタカタカタ・・・』
私  『・・・(上手くいきそう♪)』
店員 『○○○○○ペソになります。』
私  『はいはい♪』
上司 『ん~?チョット見せてね。』
私  『・・・(テメー!邪魔すんじゃねえ!俺はこのお姉ちゃん
    と話してんだよ!!)』
上司 『お兄さん、悪いけどこっちの1枚両替できないね。』
私  『なんで?(このやろー!)』
上司 『カクカクシカジカ・・・』
私  『よく分かんないんだけど・・・』
上司 『でも決まりだからさ。こっちの1枚だけ換えてあげるね』
私  『・・・(知っててやってるから何もいえない)』

う~ん。調子悪いなぁ。最後の3件目に挑戦!
今度は、普通の2枚とジョーカー2枚の組み合わせ。(全財産!)

店員 『400ドルね。』
私  『はい・・・』
店員 『ちょっと待っててね。』

店員が別室に消え、戻ってきた時にはペソ紙幣を持っていました。

私  『・・・(やりぃ!)』
店員 『はい。じゃあ、○○○○ペソと200ドルね。』
私  『ハッ?なんで半分なの?』
店員 『カクカクシカジカで・・・』
私  『ハァァァ・・・』

と、いうわけで、私の手元に残ったのは300ドル分のチリペソと
2枚のババ、3件で説明いただいた偽札の情報・・・なのでした。

さて、どうしたものか・・・。
週末に今度はアルゼンチン人とババ抜きをしに行くことにしました。手元には2枚のババしかないのですけど・・・。





                         
    
パタゴニアの天候
4月14日

パタゴニアに旅行にいらっしゃる方から一番よくされる質問。
それはおそらく『パタゴニアの天候』に付いてです。

現地事情に詳しい、旅行会社の方に訊いてみて下さい。
間違いなく、こういう答えが返ってきます。

『風が強くて、天候はめまぐるしく変わる。朝晴れていても午後に
 は大雨だったりするので、雨具や風除けは携行してください。』

これ、正解なんです。特にパタゴニアの観光ポイントというのは
野外のアクティビティーが多いですから(アウトドア)、天候の影響をバッチシ受けますんで。

私、既にここに住んで5ヶ月ですが、未だにこの、天候に関する質問には苦労します。15年ここに住んでる人が同じ事言うんですから、5ヶ月程度の私が分からなくて当然なんですが、それでも5ヶ月で掴んだ私の印象のようなもの、お知らせします。


10~11月

観光シーズンは未だ寒さの残る9月頃から始まります。
10月~11月というのは、いわば長い冬が終わり、春の息吹が
聞こえてくる頃に当たります。人間も含め、あらゆる動物たちの動きが活発になります。ナタレスにも冬篭りから戻ってきた人々で
活気が戻る頃です。
天候は不順な日が多いようです。晴れ間が全く無いというわけでは
ありませんが、1日のうちに色々な天候がやってきます。
夜のうちにドバッ~と大雨が降り、朝にはカラッと晴れ上がったり
します。要は1つの天候の持続時間が短いわけですね。
風はそれほど強くありません。

降水量・・・多くも無く少なくも無く。(にわか雨が多い)
風  ・・・それほど強くない。
日没 ・・・午後8時半ごろ

12月 

世界中から多くの観光客が集まります。日本人の方もクリスマスや年末年始に掛けてたくさんいらっしゃいます。ナタレスの町のテンションも上がります。でもラテン民族でクリスチャンの彼らの大半は、クリスマスに浮かれて仕事を放り出して自分たちが楽しみます。一時的に閉めてしまう店も多いので注意が必要です。
天候は安定期に入ります。本格的な夏の到来です。日中に雨が降る
確率は10月11月に比べると減り、その分、夜に集中する傾向があるようです。風の強い日が多くなります。ポカポカ陽気の日中などは、ナタレスの海岸でミニ海水浴などを楽しむ人も見かけられます。(水温は低いですが)

降水量・・・少ない
風  ・・・強い
日没 ・・・午後9時半ごろ

1月

12月末にワッ!と盛り上がったナタレスっ子たちのテンションが
一時的に下がります。まだ、3ヶ月も働かなきゃいけないっていう
息切れのような雰囲気です。一方で観光客の数は増え続けます。
ホテルなどを一番見つけにくい時期です。なぜかノラ犬が増えます。
天候は割と落ち着いています。気温も上がり、私が観測したところでは、最高27℃という日がありました。雨は12月並でそれほど
多くはありませんが、3日~4日置きに降る事が多いようです。
パターンとしては3~4日好天が続き、そのあと2~3日愚図つく
という事が多いです。崩れ始めた初日にトレッキングを開始した人
は不運です。風はかなり強いです。私の巨体でも飛ばされそうな
日もあります。(風の当たるめんせき、大きいから・・・)

降水量・・・多くも無く少なくも無く
風  ・・・かなり強い
日没 ・・・午後10時ころ

2月

そろそろシーズンも終盤です。ホテルなどは相変わらず取りにくいです。ナタレスっ子も最後の追い込みですが、実際のところ1月ほど観光客の数は多くありません。冬になったら何をする・・・と言った話題が現地住民の間で交わされるようになります。あちこちで
火事が頻発し、消防車は大忙しです。
天候は、雨が少なくなり、乾燥しています。今年はちょうどこの
乾燥シーズンにパイネで山火事が起こってしまい、被害が大きくなりました。風は1月同様強いです。気温は1月よりは少し下がりますが、まだポカポカと暖かい日もあります。晴天の続く日が多くなり、1週間晴天の後、2日程度愚図つくというパターンが多くなります。

降水量・・・少ない
風  ・・・かなり強い
日没 ・・・午後8時半ころ

3月

観光シーズン、ラストスパートです。3月末には定期の観光サービスの半分程度が終了します。ホテルも空室が目立つようになります。3月前半は、まだ連日ツアーは満載ですが、後半になると客足はバタッと途絶えます。ノラ犬が急増します。同時にそれに噛まれて怪我をする人も急増します。
天候は、再び季節の変わり目を向かえ、愚図つきます。ドンヨリと
曇った空が多く、雨もこれまでのにわか雨のような降り方から、
日本の梅雨のようにシトシト長時間降り続くことが多くなります。
カラッと晴れることが少なくなり、湿気が増えるので洗濯物が乾きません。気温は下がり、朝のベッドのぬくぬくが恋しくなります。
風はそれほど強くなくなります。山歩きをする際には、風よりも
冷たい雨の方が問題になります。

降水量・・・多い
風  ・・・弱い
日没 ・・・午後7時半ころ

4月

今です。周りに人がいません。町にもチラホラ歩いている人を見かけますが、夜は8時を過ぎるとゴーストタウンのようです。
旅行業に従事していたナタレスっ子も、それぞれ自分のホームグランドに帰り、ナタレスの町は静寂を取り戻します。
天候は、気温が一気に下がりますが、その一方で、雨が極端に減ります。空はいつもカラッとした青空が望めますが、空気が冷え込んでいるのでヒンヤリという感じです。風は3月よりさらに弱まり、これが『風のパタゴニア』か?と思うような静かさです。要は日本で言う『秋晴れ』『天高く、駐在肥える秋』という感じです。

降水量・・・少ない
風  ・・・弱いが気温は低い
日没 ・・・午後6時半ころ

と、だいたいこんな感じです。

上記情報は、私の住んでいるプエルトナタレス、パイネ国立公園近辺の情報です。個人的な意見ですが、1月末頃~2月上旬くらいが、ここのベストシーズンではないでしょうか、たぶん。

ちなみに6月下旬には雪が降り始めるそうです。

以上、来シーズン、パタゴニアを目指される方のご参考まで。
鬼はナタレスへ犬退治に・・・
4月13日

観光シーズンも終わり、いよいよ州行政も増えすぎた街中の野良犬
退治に乗り出しました。今週の金曜日から、このプエルトナタレスの町でも50人体制で大捕獲作戦が始まります。

以前にも書きましたが、ここでは夏の観光シーズンが終わると都会に帰る人が多くて、その人達が放り出した多くの犬たちが残されるのです。また、悪癖ですが、子犬の頃だけ可愛がって、大きくなると捨ててしまう人が多いというのも世界共通でしょう。

さて、新聞に今回の大作戦に参加する捕獲隊員(半数はボランティア)の装備が紹介されています。手足をゴテゴテした防具で覆い
フルフェイスのヘルメットをかぶったその姿は、まるで鬼のよう。
犬を連れた金太郎に退治された赤鬼のようです。

あれっ?ももたろうでしたっけ・・・?うらしまたろう?

まっ、そんなわけで退治された犬たちは、一度町外れのアウシュビッツ収容所に送られます。
そこで48時間手厚く保護された後、引き取り手が現れない場合には、手厚く安楽死させられるそうです・・・。こんな事が毎年毎年
繰り返されているのです。それでもノラ犬は増える一方、ノラ犬に
噛まれて病院に担ぎ込まれる人も増える一方。

行政としては、人間に被害が及ぶ事を最も危惧していますので、
当然、捕獲、処分、という事になるのです。

『犬は、太古の昔から人間のよきパートナーで・・・』って
言ってる人がよくいますが、大間違いです。少なくともイヌの方は
そう思っていませんよ!だから人間に牙をむくんです。人間に捨てられた犬は以後、人間を信用しません。だから人に危害を加えるのです。そして、この連鎖を作っているのは『あなたたち』人間なのです。

このニュースに、ナタレスの善良な飼い主さんたちは、この期間に
自分の飼い犬が逃げ出して行方不明にならないように、非常に気を使って心配しています。

かく言う私にも心配事が1つ。条例で捕獲後48時間の保護が義務付けられていますので、そのまま街中に毒団子をばら撒くというわけにはいきません。そこで、行政は効率よく彼らを捕獲するために
『しびれ薬』のようなものを混ぜた茹でた鶏肉を、ノラ犬の溜まり場近くにばら撒くのだそうです。

そう!私の心配事はそれなのです!
鶏肉、トリニク、とりにく・・・。

『 前略、捕獲隊員の皆様。

のら犬の溜まり場近くで、しびれて動けなくなっている2本足の 大きな動物がいたら、それは人間です!どうか捕獲したら速やか
に最寄りの病院に連れて行ってください!    』


サービスサービス♪
調子に乗ってサービスしちゃいます♪
20050412190739.jpg

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ならば私も!
なれそめ日記の兄弟版『イースター島ドタバタ日記』   
  http://blog4.fc2.com/rapanui/

で、美味しそうなロブスターの写真が載ってましたので、こちらも
負けじと写真掲載に挑戦します。

20050412161359.jpg

[ならば私も!]の続きを読む
子供用なの・・・。
4月11日

昨日フライドチキンを食べてたら歯が落ちました・・・。
前歯が無いのはせっかくの二枚目が台無しなので、大至急換えの歯
を付けてくれるように、早速地元の歯医者さんに行きました。
ここの歯医者さん、サンチアゴの無愛想な歯医者さんと違って、とっても愛想がいいのです。

看護婦さん『どうぞ、次の方。』
私    『はいはい。』
ドクター 『どうしましたかぁ』
私    『歯が落ちちゃって・・・』
ドクター 『はぁ、キレイに落ちてますねぇ』
私   『あんまり時間が無いんで、すぐ付く歯お願いします。』
ドクター 『はいはい、じゃ30分で付く歯にしましょうね。
      看護婦さん!一番安い歯お願い。』
看護婦さん『は~い』

ギーギー、キィ~キィ~、ヴィ~ンヴィ~ン、ヌリヌリパカッ、
ゴニュゴニュ、ペッペッ・・・。

ものの30分で一番安い歯を付けて貰った私は、

私    『どうもありがとう御座いました。』
ドクター 『すぐ落ちると思うから、落ちたらまた来てね。』
私    『へッ?そんなにすぐ?』
ドクター 『ウソウソ。3ヶ月くらいはもつよ。』
私    『とりあえずありがとう。』

ドクター 『ああ、奥歯に虫歯があるから、早いうちに治した方が      いいよ。』
私    『痛くなったら治しますよ。』
ドクター 『あっそうそう。歯磨きは塩入りを使った方がいいよ
      チリには良いのがあるから。今、何使ってるの?』
私    『今・・・ですか?へヘヘッ。バナナ味・・・』

ドクター&看護婦さん『プッ。プププッ。マジで?』

私    『はい!前はイチゴだったんですけど・・・』

ドクター 『ハッハッハッ・・。永久歯にはあまり味つきは使わな
      い方がいいなぁ。出来れば普通の大人用を使うように
      してね。』

私    『冗談に決まってるじゃないですか!先生』
ドクター 『面白い日本人だねぇ』
私    『先生もね。じゃ、どうもありがとう御座いました。』
      
---------------------------

歯医者さんを出てホッと胸を撫で下ろしました。まさかあんなに
笑われるとは思わなかった・・・。

『上手く誤魔化せたかなぁ・・・。ホントはパイナップル味なんだ
 けど・・・。』
遠方よりとり来たるあり、また楽しからずや。
4月10日

『学びて時に之を習う、また説こばしからずや。
 遠方よりとり来たるあり、また楽しからずや。
 人知らずして憤らず、また君子ならずや。』

今日は、カーネルのインテリジェンスを総動員して、論語で有名な孔子様のお言葉です。

意味は・・・

『昔勉強した事を今、見直してみると、新たに発見する事のなんと 多いことか。とてもうれしい事である。
 遥か遠くのとりが遠路はるばる私を訪ねてくれた。こんなに楽し
 いことが、またとあろうか!
 自分の努力を他人が理解しないからといって腹を立てるなど馬鹿
 らしい事である。私は聖人君子なのだから。』

です。1番と3番など、どうでもよろしい。大切なのは2番目の

『遠方よりとり来たるあり、また楽しからずや』 なのです。

昨日日曜日、私は早起きしてバスで3時間の隣町、プンタアレナスに出ました。というのも、2日前にサンチアゴ滞在時代の、私のとても大切なとりが、私の大好きな友達を連れて、プンタアレナスにやって来るというのです。

5ヶ月ぶりの、懐かしのとり!そうです、私とは切っても切れない関係の『ケン○ッキーフライドチキン』がやって来たのです。
10ピース相当のフライドチキン様(3箱)との久々の対面に思わず目頭が熱くなるのを禁じえませんでした。もちろん一緒に来た
友人との再会にも多少は感動しましたが・・・。

人口2万人の私の村は勿論、車で3時間の人口20万人のこの隣町でもケン○ッキー様は存在しないのです。つまり私の生活圏では
この味を楽しむ事は出来ないのです。そんなわけで昨晩、村に帰ってから、思う存分楽しませていただきました。3日前に揚げ立てだった彼ら、冷めて多少脂が回ってはいましたが、十分に許容範囲♪
私の必殺技の1つ『フライドチキン10ピース一気食い』が久しぶりに炸裂して、昨晩はとてもとても幸せな眠りに就いたのでした。

5ヶ月間、私の再三のケン○ッキー要求に対して、会社が郵便で送ってくるのは仕事の書類だったり、携帯電話だったり、食べられないものばかり・・・。私が一番欲しいものには応えてくれませんでした。やっぱり頼りになるのは会社より友達ですね。

と、いうわけで、このサンタクロースのような友人に付いて一言。
私も彼も、身体の大きさ、丸さについては似たようなもの・・・。
(怒るかな?)私が、どちらかというと、『ぬりかべ』系なのに対して、彼は『ドラえもん』系。私はいつも『ドラえも~ん!』って
泣きつく『のびたくん』なのです。

遠方よりブツを運んでくれたドラえもん君へ。

『涙が出るほど嬉しかったです!感謝感激!もし今度会うことが
 あったら、その時にはドラ焼きご馳走します。待っててね。』

と、いうわけで、孔子様はやっぱり立派な方ですね・・・。

(インテリジェンス♪インテリジェンス♪忘れるとこでした・・)
やっぱりガキはだめ・・・。
4月8日

以前にも何かの機会に書きましたが、私は『ガキ』が苦手です。
私くらいの年齢になると、友人たちはもう既に立派なパパやママとして子供の相手をしている人が大半なわけですが、私もいつか彼らのようになれるのか?って考えると、寒くなります・・・。

今も、私の寝泊りしているオフィス兼宿屋に、従業員の『ガキ』が
遊びに来ていて、私の周りを2人で走り回っています。
走り回り、転びまわり、泣きまくり・・・なんと騒がしい事でしょう。今朝もこのガキどもの泣き声で、朝6時に叩き起こされました。いつもながら二日酔いのガンガンする頭を抱えながら、なんとか笑顔で『おはよう!』って声掛けたのですが無視されました。
そのくせ、今朝食を摂っている私を、珍しいものでも見るように壁の蔭から覗くようにしています。気が付いていますが、頭にくるので今度は私が無視!

周りの友達は、『自分の子供が出来れば変わるモンだよ』って口を揃えて言いますが、ホントにそうなのでしょうか?
『こんなの』が毎日そばにウジャウジャいるなんて、とても怖くて
想像できません。思わず踏み潰してしまいそうです・・・。
自分にもたぶん、こういう『ガキ』の時代があったとは思うのですが、両親はよく我慢して育てたモンだと、改めて感心しています。

スーパーや市役所、至るところに、『ペット同伴はご遠慮ください』って張り紙があるのに、『ガキお断り』って場所は殆ど見かけないのは何故でしょう?ちゃんと躾をされた犬のほうがよっぽど
人に迷惑を掛けないと思うんですが・・・。

あと2日、この『ガキ』どもは、ここに滞在するそうです。
私の背中に『ガキお断り』の張り紙張っとこうかなあ・・・。

って書いてたら、なんか2匹寄って来ました・・・。
怖いので逃げます。本日はこれにてごめん!
熟年の意気込み
4月7日

パタゴニアの旅行シーズンも実質的には3月末で終了してしまい、
4月になってからは、街中を歩いている人もメッキリ減ってしまいました。朝晩の冷え込みも厳しくなり、私の周りでも急に冬支度が
始まったようです。ここで、旅行業に従事していた人々も、次シーズン9月、10月までの間をどうやって過ごすかという話題が頻繁に聞かれるようになりました。

そんな中、私の宿舎の管理をしているオバちゃん(54歳)と
隣の旅行会社で留守番をしているオジちゃん(57歳)の2人は
2、3日前から、英語の勉強を始めました。

夜7時頃から1時間程度ですが、近所の英語をしゃべれるお姉ちゃんに来てもらって、2人で頑張っています。

『若い人の様に綺麗にはしゃべれなくてもいいから、お客さんが
 何を言いたいのか、位は分かる様になりたい』

と、その意気込みは大したものです。

スペイン語を話す人にとって、英語の勉強はそれほど難しくないだろう・・・と私などは考えるのですが、彼らにとっては十分に難しいらしい。なんと言っても、お2人とも既に50歳を超えられて
いて、若者が使う『スペイン語』すら分からない・・というタイプの人たちなのです。

前述のように、既にお客さんもまばらで、暇を持て余し気味の彼女たち、お昼を過ぎて手が空くと、その日の宿題を始めるのです。

私の横で

『I AM A PEN . I AM A PEN. I AM A PEN.』

と始めるわけです。もちろん私は何か訊かれない限り黙っています。彼らの意欲に水を差すのはイヤですから。

そんな彼ら、今日は朝から『得意』の英語で私に話しかけてきました。

『HI ! GOOD MORNING ! YOU TUVISTE(HAD) BED BIEN(WELL) ?』
             

     (おはよう!よく眠れた?)

そんな彼ら、英語が何とか喋れるようになったら、次は日本語を覚えるから、その時は協力しろって私に言ってます。
まあ。そんな日は来そうにありませんが・・・。




チリよ、おまえもか・・・。
4月6日

私は、タバコを吸います。かれこれ18年間吸ってます。
でも1の位を四捨五入したらまだまだ30歳の”お兄さん”です。

18年間に30回以上禁煙してます!でも、一番長い期間は2週間です。身体によくないことは承知してます。

これまで、チリやアルゼンチンはタバコに関しては非常に寛容な国でした。世界中で大々的に禁煙の嵐が吹き荒れていても、ここでは
レストランの中でも吸えるし、道端でも吸えます。さすがに電車や
飛行機の中はダメですが・・・。値段も150円~200円くらいで、勿論現地の収入にしてみれば高いですが、北米のように1箱800円とかいう理不尽な事はありません。アルゼンチンに至っては1箱60-80円で売ってる場所もあります。

そんなチリにも、時代の流れでしょうか、とうとう喫煙者の冬の時代が到来しそうな雰囲気です。保健省から新法律の制定が議会に送られ、おそらく可決されるだろうという見方が大勢です。

あまりよく理解できない項目もあるんですが、

1.病院、学校、空港、レストラン、バーなどでの喫煙を禁じる。
  (まあ、これは分かります)
2.学校関連施設から300m以内にタバコ関係の広告を掲載する
  事を禁じる。(これもなんとなく・・・)
3.18歳以下へのタバコの販売を禁じる。
  (まあ、当然でしょう)
4.ライト・マイルドなどの表示を禁じる。
  (???)
5.タバコのパッケージの40%以上の部分を使い、『タバコは
  癌になります!』という表示をでっかく入れる。
  (???)

まあ、大体こんな感じです。

チリでは、特に未成年者の喫煙が問題視されているんですが、
果たしてこんなもので喫煙者が減ると思ってるんでしょうか?
どんな罰則がつくのかは知りませんが、数年中にはタバコ自体の
大幅値上げ(これが一番早い防止策ですもんね)が実施されるのでしょう。

なんか、どこもかしこもタバコを目の敵にしてますが、喫煙者は
どこまで追い詰められるのでしょう?タバコと聞くとなんか世界中が集団ヒステリーのような状態ですよね。

さて、この事態に際して、私は、というと・・・

●この際だから完全にタバコを捨てようか・・・
●それともまだ寛容さの残るアルゼンチンへ移ろうか・・・
 (追い詰められるインディアンの心境です)

本気で悩んでいるのです、本日の20本目を吸いながら・・・。
十五少年漂流記!
4月5日

皆さんは『十五少年漂流記』を読んだ事がおありでしょうか?
私は小学生の頃、これと『スタンドバイミー』が大好きで、一時期
本にビデオに、とハマッタ覚えがあります。どちらかというと男の子向きの冒険物ですが、女の子でも十分楽しめると思います。

さて、その『十五少年漂流記』、15人の少年たちが無人島に流れ着き、そこで数々の困難を協力して乗り越えて活躍する物語です。

これが書かれたのは1888年、フランス人ジュール・ベルネ
(1828-1905)という、当時SF冒険小説の先駆けといわれた作家に
よってです。元々の題名は『2年間の休暇』と言いますが、日本では『十五少年漂流記』として知られています。
ジュール・ベルネは80余篇にのぼる少年向け冒険小説を書いていて、日本でも多くが翻訳されていますので(例・80日間世界一周
 海底2万里 など)ご存知の方も多いでしょう。

さて、なんでこんな話題を書いているかと言いますと、最近、日本のテレビ局の方が、この『十五少年漂流記』の舞台のモデルになったと言われる無人島に取材に来たらしいのです。本日の現地地方新聞にデカデカと写真入りで紹介されていました。

この島、実は私の住んでるプエルトナタレスの町のすぐ近くにあるんですね。初めて知りました・・・。(お恥ずかしい限りです)
ハノーバー島という島で、具体的にはプエルトナタレスから北西に
162マイル。チリ南部のフィヨルド群の1つです。
ニュージーランドから難破船がこんな所まで流れてきたという事は
考えられませんが(まあ、フィクションですしね)なんとも夢のある話です。

物語の中で、少年たちはピューマやグアナコといったこの地方に
生息する動物たちに溢れた孤島で2年間を過ごすのですが、
実はこの島、孤島じゃなくて周りを多くの島に囲まれた群島なんです。また、動物もそれほど多くないらしいですし、天候に付いても
酷寒なんですが、割と暖かく書かれているし・・・。

と、少年の夢を壊すような事ばかり書く嫌な大人になってしまった
自分を反省しつつ、気持ちだけは少年の頃に戻ってもう一度アレを読んでみたくなったのでした。子供らしくワイングラスでも傾けながら・・・。

パイネ/サバイバル日記5
4月4日

パイネ日記最終回の今回は、皆さんが気になさっている(かもしれない)パイネ山火事の影響に付いて、実際に見てきたところをご報告します。

まず今回、私とクリスティアン君が回ったトレッキングコースは
俗に『W』と言われるもので、山火事の被害にあった公園北東部とは多少距離があるので、トレッキング中に焼け跡に遭遇という場面はありませんでした。

今回私が見たのは、公園東部入り口のLAGUNA AMARGA という場所近辺です。ここからおよそ7km 先には、ラス・トーレス地区の居住地区があります。(オステリアや山小屋のある地区)
炎は、このラス・トーレス地区から約1kmの地点まで迫ったらしく
至るところに黒コゲが目に付きました。ただ、全面丸焼けというわけではなく、例えば道や細い通路を挟んで、一方は黒コゲ、一方は
緑がそのまま残っているという具合です。消防隊の方々が必死に
この居住地区に火が回らないように守ったのが、よく分かる燃え方でした。

2月17日の出火から3週間弱にわたって燃え続けた今回の山火事
での、公園内焼失面積は1万1千ヘクタール強と言われ、その自然が完全回復するまでには凡そ60年を要するとの試算があります。

前回のパイネ大火、1985年のケースでは、約1万4千ヘクタールが焼け、その焼け跡には20年経った今、ようやく小さな緑が戻りつつありますが、それでも未だに焼けたまま放置された木々が
風雨にさらされ続けている状態です。

この痛々しい光景を見るにつけ、外国人の私でさえも、心をえぐられるような、胸が熱くなるような気持ちにさせられるのです。
さぞや現地に生まれ、育ってきた人たちにとっては、痛恨の極みで
あろうとお察し致します。

・・・と、いうわけで、現地で生まれ育ったコテコテのナタリーノ
(プエルトナタレスの人)であらせられます、クリスティアン君
登場。

私 『これ見て、どう思う?』
ク 『燃えてるね。きれいに燃えてる。』
私 『それだけ?60年掛かるんだってさ、元通りになるのに』
ク 『そんなに生きてないもん。2度と来ないし。』

この人に、感傷とか期待するのが間違いだったようです。


パイネ/サバイバル日記4
4月3日

さて、そんなこんなでどうにか辿り着いたロス・クエルノスの山小屋。足が痛くて風邪気味だった私は、予約していなかったにも拘わらず、運よく1つベッドをGETする事に成功。同行のクリスティアン君も部屋は違うが、1つGETして、これで一安心。

折から外は雨風が強まり、さながら嵐の様相を呈してきました。

『これからテント張ってキャンプするんじゃ大変だね』

などと言いながら、2人で夕食を摂っているところへ、1人のスペイン人女性登場!彼女、既にトレッキング3日目とのことで、私と同様、少々風邪気味のご様子。何とか山小屋でベッドを1つ(1人トレッキング!!)確保しようと交渉していましたが、どうやら私とクリスティアン君が取ったベッドが最後だったようで、空きがありません。

旅装を解いた彼女をよく見れば、年の頃は20代後半?、ハーフのような可愛らしい顔立ちです。30分ほど山小屋のフロントで粘っていましたが、どうにもならなかったらしく、諦め顔で再び重い
リュックを背負って、嵐の中をキャンプ場に向かおうとしています。

日本男児たるもの、ここで声を掛けないわけには行きませんよね。

『あの、宜しければ私とベッドを・・・』

もちろん下心なんて、あるはずがありません!狭いシングルベットですが、詰めれば2人くらい寝っ転がることは出来るんです。
おまけにお互い寝袋にくるまっているわけですから、変な衝動なんて起りようが無いんです!!

彼女、『まあ!ありがとうございます!助かります!』

ということで、クリスティアン君と3人で楽しく食後のコーヒーなど飲んで、歓談したのでした。

さて、夜も更け、じゃ、そろそろ寝ましょうかという事になり、
私としてはガラにも無くチョットドキドキしながら(下心ではありません!ってこの期に及んで言うところが下心ですよね)
山小屋のお兄ちゃんが私を案内した所は、クリスティアン君と同じ部屋。

お兄ちゃん『狭いけどホントにいいんだね?』

私 『えっ??』

女の子 『どうもすみません。おやすみなさい。』

私 『えっ?あれっ?』

クリスティアン君 『あたりまえだろ・・・』

そうか・・・あたりまえなんだ・・・。

と、言うわけで、1つベッドの上、激しく蹴り合いながら、時に
床に転がり落とされながら、私とクリスティアン君は忘れがたい夜を共にしてしまったのでした・・・。


パイネ/サバイバル日記3
4月1日

さて、なんとか帰り着いた1日目の山小屋。

クリスティアン君と私はこの日傷めた脚にサロンパスを貼り
次の日の回復を念じながら床に就いたのでした。あっ、もちろんその前に食事はしました。ちょうどその日はイースターの休日で、
山小屋では肉食禁止。本日の荷物の重さに辟易した私は、持ってきた缶ビール6本の残り5本を一気に飲み干して、翌日の負担を軽減
する事にしました。と、いうより山小屋でも高いけどビール売っていたもので・・・。

誰もが寝静まった真夜中、隣のクリスティアン君のベッドからうめき声が上がりました。よほど嫌な夢でも見ているのでしょう。

『起こしてやるのが親切よね』

と考えた私、ベッドから降りて、一歩踏み出したところで、固まってしまいました。

『あっ、あしが・・・つった・・・』

大声を上げて飛び回りたいのですが、周りには他にも4人の人が
お休みになっています。口にタオルくわえて必死に耐えます。
物音に気づいたクリスティアン君が目を覚まし、

『どしたの?』

『おっ、おまえを救ってやろうとして・・・』

当然のことながら、よく事情を理解できないクリスティアン君、

『遊んでないで早く寝ないと明日大変だよぉ』

とつぶやいて、再び寝袋に顔をうずめました。

『おぉぉ~・・・おまえをぉぉぉ・・・』

あとは情けないやら痛いやら、言葉になりません・・。

その後も、たびたび寝ていても突然右足がつるたびに、1人飛び起きてうめいていました。

さて翌日、クリスティアン君、多少の筋肉痛はあるようですが、
昨日に比べれば数段回復のご様子。一方私は、未だに間歇的に
恐怖の”つり”が襲ってくる状態。

『今日1日休む?』

と訊いてくる彼に、私もプライドがあります!

『全然平気!いくぞぉ!』

と叫んで部屋に戻り、代えの靴ひもをほどくと、右のふくらはぎを
グルグル巻きにして縛り上げました。当然クリスティアン君には
ナイショです。

その後、6時間に及ぶその日の行程中、何度かつりましたが、
次の山小屋に着いたときには、すでに感覚も無く、痛みも何も
感じない状態。

その時になって初めてそれを見たクリスティアン君は

『ボンレスハムみたい!』

とケラケラ笑ったのでした。

もう、絶対、こいつ、助けてやらない!

パイネ/サバイバル日記2
3月31日

そんなわけで、始まってしまったパイネ紀行。
多くのトレッキング客が目指す『W』ルートというものに突入したわけです。簡単に説明しますと、『山あり谷ありの3泊~4泊の
泊り掛け山歩き』なのです。

トレッキング熟練者によると、そんなにレベルは高くなく、難所と言われる場所でも、中級程度だというのですが、そんなこと、ズブの初心者2人である私とクリスティアン君には関係ありません。
十分に、上級の世界なのです。

初日はLAS TORRES BASE と言われる、パイネの3本の塔の登山(クライミング)ベースまでのトレッキング。もちろん、私たちがロッククライミングをするわけではありません。クライマーのベース基地まで行って、3本塔を下から見上げるのが目的です。

私より5歳以上若いクリスティアン君、道中、とにかくよく喋ります。こっちがゼーゼー言いながら急坂を登っているのに、

『今、すれ違った女の子かわいかった。』とか
『おれの妹が今度結婚するんだけど・・・』とか・・・。

まあ、これから3日間、仲良くやってかなきゃならないわけで、最初の頃は相槌を打ったりしてたんですが、いい加減疲れてくると
もうそれどころではないんです。

また、このクリスティアン君、典型的なウサギなのです。登りでも下りでも、駆けるように行ったかと思うと、岩に腰掛けて私の到着を待ってるんです。そんで私が近づくと、再び駆け出し、先に行って待つわけです。

『これが若さか?!』

と、妙な事に感心しながら、そんな彼を見ていると、次第に彼のスピードが落ちてきている事に気づきました。どうやら脚を傷めたらしい・・・。自業自得とは思うものの、さすがに放って置くわけにも行かないので、私の秘密兵器『サロンパス』を分けてあげます。

このコース2回目となる私は、このコースの最大の敵が、疲れよりも、脚を傷めやすいコースである事は承知しています。そのために
登山用の杖も持参していたのですが、それでも、やっぱり、前回同様、ふくらはぎが痙攣を始めます。特に岩場での下りが難所です。

結局、すばらしい3本塔の景色を拝んだ後、帰り道は2人とも脚を
引きずりながらの苦闘となりました。クリスティアン君は右の足首
私は右のふくらはぎ。

19時の日没に何とか間に合うようにと、山小屋への帰路を急ぐ2匹の動物が倒れるのを待つように、上空には2羽のコンドルがゆっくりと弧を描いて優雅に飛んでいました・・・。

つづく
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