南の果て、野菜不足と戦う毎日。 羊のバーベキューに舌鼓を打ちながらも ふとした拍子に思い出すケンタッキーフライドチキンの味…。ああ、望郷。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--/--/--(--) --:--:--| スポンサー広告| トラックバック(-) コメント(-)
パイネ/サバイバル日記5
4月4日

パイネ日記最終回の今回は、皆さんが気になさっている(かもしれない)パイネ山火事の影響に付いて、実際に見てきたところをご報告します。

まず今回、私とクリスティアン君が回ったトレッキングコースは
俗に『W』と言われるもので、山火事の被害にあった公園北東部とは多少距離があるので、トレッキング中に焼け跡に遭遇という場面はありませんでした。

今回私が見たのは、公園東部入り口のLAGUNA AMARGA という場所近辺です。ここからおよそ7km 先には、ラス・トーレス地区の居住地区があります。(オステリアや山小屋のある地区)
炎は、このラス・トーレス地区から約1kmの地点まで迫ったらしく
至るところに黒コゲが目に付きました。ただ、全面丸焼けというわけではなく、例えば道や細い通路を挟んで、一方は黒コゲ、一方は
緑がそのまま残っているという具合です。消防隊の方々が必死に
この居住地区に火が回らないように守ったのが、よく分かる燃え方でした。

2月17日の出火から3週間弱にわたって燃え続けた今回の山火事
での、公園内焼失面積は1万1千ヘクタール強と言われ、その自然が完全回復するまでには凡そ60年を要するとの試算があります。

前回のパイネ大火、1985年のケースでは、約1万4千ヘクタールが焼け、その焼け跡には20年経った今、ようやく小さな緑が戻りつつありますが、それでも未だに焼けたまま放置された木々が
風雨にさらされ続けている状態です。

この痛々しい光景を見るにつけ、外国人の私でさえも、心をえぐられるような、胸が熱くなるような気持ちにさせられるのです。
さぞや現地に生まれ、育ってきた人たちにとっては、痛恨の極みで
あろうとお察し致します。

・・・と、いうわけで、現地で生まれ育ったコテコテのナタリーノ
(プエルトナタレスの人)であらせられます、クリスティアン君
登場。

私 『これ見て、どう思う?』
ク 『燃えてるね。きれいに燃えてる。』
私 『それだけ?60年掛かるんだってさ、元通りになるのに』
ク 『そんなに生きてないもん。2度と来ないし。』

この人に、感傷とか期待するのが間違いだったようです。


スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。